教育の境界線|厳しさと威圧⑤ ルールを守らない子を、教室から出してよいですか?
授業を妨げる発言を繰り返す子に、教員が言う。
「ルールを守れないなら、一度教室から出なさい」
教室から出されれば、子どもは不快だろう。周囲の目も気になる。
しかし、その不快感があるからこそ、自分の行為が集団の学びを妨げた重さに気づくこともある。
一人の行動によって、他の子の学ぶ権利が失われ続けてよいはずはない。
参加する権利には、学ぶ場を守る責任も伴う。
注意を重ねても妨害が止まらないなら、いったん場を分けることは厳しい指導としてあり得る。
ただし、教室から出す目的は、排除ではなく立て直しである。
「五分間、隣の部屋で落ち着く。
その後、先生と話して戻り方を決める」など、時間、場所、戻る条件を示す。
安全を確認し、必要な学習も後で補う。
戻った後にルールを守れたなら、いつまでも失敗を持ち出さない。
これは厳しさである。
参加を一時的に止めることで、責任を自覚させ、再び参加する機会をつくっている。
反対に、教員に逆らったことへの報復として廊下へ追い出す。
どこで何をしているか確認せず、「反省するまで戻るな」と放置する。
周囲への見せしめにし、戻ろうとしても拒み続ける。
それは威圧である。
子どもに求めているのは行動の修正ではなく、教員への服従だからだ。
繰り返し同じことが起きるなら、課題の難しさや人間関係、授業構成も見直す。
ただし背景を探ることは、目の前の妨害を許すことではない。
集団と本人の両方を守るために、明確な線を引く必要がある。
厳しさと威圧の境界線は、参加を一時的に止めて責任と戻る道を示すのか、排除の恐怖で教員への服従を求めるのかだ。
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