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教育の境界線|厳しさと威圧④ 宿題をしない子に、休み時間までやらせてよいですか?

宿題をしてこなかった子に、教員が伝える。

「約束を守らなかったのだから、休み時間にやりなさい」

私は、この対応を一律に否定する必要はないと思う。

やるべきことをしなかった結果、自由に使える時間が減る。それは社会でも起こる自然な結果である。期限を守れなければ、後で時間を使って取り戻さなければならない。子どもが多少の不快感を覚えるとしても、自分の選択の結果を引き受け、挽回する経験には意味がある。

休み時間は大切だ。しかし、「休み時間は絶対に奪ってはならない」と考えるあまり、未提出を曖昧にすれば、約束を守った子との不公平も生まれる。

大切なのは、失った時間と行為の結果がつながっているかである。

宿題をしなかったなら、休み時間の一部を使って終わらせる。終われば遊びに行ける。分からなくてできなかったなら、教員が短く支援する。家庭事情など本人だけでは解決できない理由があるなら、別の方法を考える。次に提出するための準備も本人に決めさせる。

これは厳しさである。不快感を罰として味わわせるのではなく、果たせなかった責任を自分の行動で回復させている。

反対に、理由や量を確かめず、必要以上に長く残す。終わっても遊ばせない。見せしめとして教室に置き、苦しむ姿を反省の証拠にする。そこでは学習よりも、教員に逆らった代償を思い知らせることが目的になっている。

それは威圧である。

多くの子が未提出なら、宿題の量や内容は見直すべきだ。しかし課題に改善点があっても、引き受けた約束を果たす責任まで消えるわけではない。

厳しさと威圧の境界線は、失った自由時間で未完了の責任を果たして挽回させるのか、必要以上の苦痛を与えて服従を確認するのかだ。

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