「かわいそうだった自分」を否定せず、そこから一歩前へ
豆腐メンタル教師のよしです。
この記事を書く前に、一つだけ伝えておきたいことがあります。
今回、少し厳しく聞こえる表現が出てきます。
でも私は、今まさに苦しんでいる人に、
「いつまで立ち止まっているんだ」
「人のせいにするな」
と言いたいわけではありません。
苦しいときは、立ち止まっていいと思っています。
泣くしかないときもある。
誰かのせいにしなければ、自分を守れないときだってあると思います。
そのうえで、
いつか、その場所から一歩踏み出せる自分でありたい。
今回は、そんな自分自身への思いを書いてみます。
前回の記事で、『ONE PIECE』のナミの言葉について書きました。
「全部繋がって私はできてる」
そして、
「私の人生に勝手に謝らないで」
過去につらいことがあったとしても、その人生ごと受け止めて、
「今楽しいもん。」
と言える。
私は、そこに本当の強さを感じました。
そして、この記事を書きながら、もう一つ頭に浮かんでいたものがあります。
スガ シカオさんの『Progress』です。
この曲には、
「ガラスケースの中 飾られた悲しみを見て」
という歌詞があります。
その悲しみを眺め、「かわいそうに」と思っている自分自身への嫌悪感が続いていきます。
私はこの表現が、とても好きです。
「ガラスケースの中に飾られた悲しみ」
すごい表現だと思います。
悲しかった出来事。
苦しかった経験。
傷つけられた記憶。
それを忘れる必要はありません。
無理に「いい経験だった」と思う必要もありません。
でも、その悲しみをガラスケースの中に大切に飾って、
「あのときの私は、こんなにかわいそうだった」
と、何度も何度も眺め続ける。
そんな状態もあるのではないでしょうか。
私自身、小学生の頃、いじめられていました。
何度も「死ね」と言われました。
給食にチョークの粉を入れられたこともあります。
だから、
「自分はかわいそうだった」
と思おうと思えば、いくらでもそう思えます。
「あんな経験をしたから」
「あの人たちのせいで」
そう言い続けることもできます。
そして、それは嘘ではありません。
実際につらかった。
実際に傷つけられました。
なかったことにはできません。
でも、その悲しみをいつまでもガラスケースの中に飾って、それを眺めながら生きていくのか。
私は、そうはなりたくないと思います。
昔、Twitter、今のXで、こんな言葉を見かけたことがあります。
あなたがあの人のことを恨んでいる時間、あの人はおいしいパフェでも食べているよ。
正確な言い回しや、誰の言葉だったのかは覚えていません。
でも、この言葉だけは妙に頭に残っています。
確かにな、と思ったのです。
自分が、
「あいつのせいで」
「許せない」
と何時間も考えているその瞬間、
相手は私のことなんて考えず、おいしいものを食べて笑っているかもしれない。
それなのに、自分だけが相手のことを考え続けている。
なんだか、もったいない。
そう思いました。
前回の記事で私は、
「その後の自分の人生の舵まで、傷つけた相手に握らせ続ける必要はない」
と書きました。
まさに、これなのだと思います。
自分を傷つけた人のことを何年も恨み続け、
「あの人のせいで自分の人生はこうなった」
と言い続ける。
それはある意味で、その人が目の前からいなくなったあとも、その人に自分の人生を動かされ続けているということなのかもしれません。
私は、それが嫌です。
相手を許す必要はありません。
無理に感謝する必要もありません。
でも、
相手を許すことと、相手に自分の人生を支配させないことは、別の話です。
私は、許せなくても前には進めると思っています。
起きた出来事は変えられない。
相手を変えることもできない。
それでも、その経験を持った自分が、この先どう生きるのかは決められる。
私は教師になりました。
子どもへの言葉について考えるようになりました。
人との関わり方について、何度も考えるようになりました。
そして今、こうして自分の経験を文章にして、誰かに届けようとしています。
悲しみを捨てたわけではありません。
忘れたわけでもありません。
ただ、
ガラスケースの中に飾って眺め続けるのではなく、自分の人生の一部として持って歩いていきたい。
そう思います。
前回書いたナミの言葉と、『Progress』。
私の中では、この二つはつながっています。
つらいことがあった。
傷ついたこともあった。
だから、立ち止まったこともある。
それでも、その過去だけに自分の人生を決めさせたくはない。
「かわいそうな自分」を否定する必要はない。
でも、そこにずっと居続けなくてもいい。
過去を消すことはできない。
悲しみだって、きっと完全にはなくならない。
それでも、自分の足で進むことはできる。
大きな一歩じゃなくていい。
昨日より、ほんの少しだけ前へ。
そんな一歩を重ねながら、自分の人生を自分で進んでいける人でありたいと思います。

