One Day その時僕はラジオの現場にいた 第一章 AD時代 第7話 やらかした
ラジオの生放送の現場は、いつも慌ただしい。
レコードプレーヤーは二台。CDプレーヤーも二台。テープレコーダーは四台あった。
それでも、十分とは言えない。
次々に音源を差し替えていかなければ、とても放送の進行には追いつかない。
交通情報、天気予報、ニュース、各コーナーのテーマ曲。
そして音楽。
1時間に10曲から12曲ほどは流していただろうか。
曲そのものの操作は、比較的単純だった。
ディレクターが作る進行台本、つまりCUEシートに書かれた順番どおりに並べればいい。
問題はテープレコーダーだった。
サウンドステッカー(SS)、コーナーテーマ、交通情報や天気予報のテーマ曲。
それぞれを、決められた場所に正確に準備しておかなければならない。
本番中は常に気が張っていた。
次の曲は何か。
次のSSはどれか。
交通情報の前に何を出すのか。
ディレクターからは、次々と指示が飛ぶ。
「次のアナ尻でSS入れて、そのまま交通情報」
そんな言葉が、当たり前のように飛び交っていた。
アナ尻というのは、アナウンスの締めの言葉のことだ。
交通情報前のSSは、だいたい決まっている。
だから事前にテープを頭出ししておく必要がある。
交通情報のテーマ曲も確認する。
そしてミキサーへ声をかける。
「交通情報、4番から出ます」
ミキサーはCUEシートの交通情報欄に「4」と書き込む。
パーソナリティーが、
「お送りした曲は〇〇〇の×××でした」
と曲を締める。
その瞬間、ディレクターの左手が「ブン」と前に振られる。
なぜ左手なのか。
パーソナリティーへの合図は右手で出す。
ミキサーはディレクターの左側にいる。
だから自然と左手になる。
SSが気持ちよく流れる。
その終わりに合わせて、交通情報のテーマ曲が重なる。
ほんの数秒のことなのに、そのタイミングがぴたりと決まると、妙に格好よかった。
今思えば、あれも一種の職人芸だったのだと思う。
僕は必死にそれを覚えようとしていた。
ADの仕事自体は、比較的早く覚えられたと思う。
少なくとも「何が分からないのか分からない」という状態からは抜け出していた。
けれど、覚えることと、できることは別だった。
何を準備するのかは分かる。
どのテープを使うのかも分かる。
順番も頭に入っている。
それでも現場に出ると、その通りには進まない。
次の準備をしている途中で、別の指示が飛ぶ。
確認しようと思ったことが、ふっと抜ける。
今やろうとしていたこと自体が分からなくなる。
頭の中では整理できているはずなのに、身体が追いつかない。
そしてもう一つ、ADには重要な仕事があった。
オンエアした楽曲を記録することである。
CUEシートと呼ばれる用紙に、放送時間、曲名、アーティスト名、レコード会社名、レコード番号を書き込む。
「今流れていた曲は何ですか?」
という問い合わせに対応するための記録でもあった。
しかし、これが想像以上に大変だった。
レコードを準備する。
次の曲を確認する。
テープを差し替える。
交通情報の準備をする。
その合間に、記録も書かなければならない。
最初の頃は、とても追いつかなかった。
時間だけをメモ帳に走り書きして、曲名は後でCUEシートを見ながら調べる。
そんなことも珍しくなかった。
放送中は、常に何かに追われていた。
それでも、自分では少しずつできるようになっているつもりだった。
H.Hさんが横にいなくても準備はできる。
本番も回っている。
大丈夫だと思っていた。
けれど、生放送はそんなに甘くなかった。
思いもよらないところに落とし穴がある。
そして僕は、その洗礼を受けることになる。
僕が担当していた番組では、交通情報が一回の放送で三回入っていた。
当然、テーマ曲も三回使う。
だからその都度、すぐに出せるよう頭出しをしておかなければならない。
そして、ついにやらかした。
「はい、次、交通情報」
ディレクターの指示が飛ぶ。
その瞬間だった。
交通情報のテーマ曲が流れた。
いや、流れてしまった。
途中から。
頭出しを忘れていたのだ。
一瞬で血の気が引いた。
交通情報はおおよそ1分半。
しかしテーマ曲のテープには、安全のため3分ほど収録されている。
前回の尺を考えると、残りは1分20秒ほどしかない。
まずい。
交通情報が始まる。
まだテーマ曲は続いている。
一分を過ぎる。
残り時間が頭の中で減っていく。
あと30秒。
あと20秒。
あと10数秒。
どうしよう。
僕が固まっていると、ディレクターが即座に指示を出した。
「ミキサーさん、テーマ曲早めに絞って」
放送中、ディレクターは僕を責めなかった。
まず番組を守る。
「絞り切ったら、すぐ巻き戻せ」
ほんの10秒ほどの攻防だった。
テーマ曲が消えた瞬間にテープを巻き戻す。
交通情報が終わる前に、再び頭へ戻しておく。
音が唐突に切れる最悪の事態だけは、どうにか回避できた。
今振り返れば、現場ではすぐに状況が共有され、リカバーが動いていたのだと分かる。
けれど当時の僕には、その余裕はなかった。
ただひたすら、終わった。
と思っていた。
番組終了後。
叱られたのは、放送が終わってからのことだった。
当然のように、猛烈に怒られた。
烈火のごとく。
今では内容はほとんど覚えていない。
それでも、とにかく凄かったという感覚だけが残っている。
「もう二度とやらない」
そう固く誓った。
けれど同じ失敗を、あと二回ほど繰り返すことになるのだから、救いようがない。
人間は、思ったより学習が遅い。
さらに酷い失敗もある。
交通情報のテーマ曲そのものを準備していなかったことだ。
気づいたのは、オンエアの10秒前だった。
「あっ……!」
思わず声が出た。
いや、声というより悲鳴だった。
このときの叫びは、その後何年も現場で語り草になった。
番組終了後。
もちろん、また猛烈に怒られた。
烈火のごとく。
当時の僕には、憤怒の形相とか、阿修羅とか、そんな言葉が浮かんでいた気がする。
とにかく怖かった。
世界の終わりのように思えた。
けれど不思議なことに、今となっては何を言われたのかほとんど思い出せない。
怒られた記憶はある。
それも、相当なものだった記憶はある。
それなのに、どう怒られたのかは覚えていない。
人間の防衛本能なのかもしれない。
怒られた言葉は消えていく。
でも、その失敗だけは身体が覚えている。
One Day あの時、確かに僕はそこにいた。
