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One Day その時僕はラジオの現場にいた 第一章 AD時代 第3話 三歩先 

ただただ圧倒されていたラジオの現場。

チーフディレクターであり、制作会社の社長でもあったT.Hさんは、恰幅の良い人だった。

生放送中も、ミキサーやパーソナリティーとにこやかに会話をしている。
今思えばどうなのだろうと思うような、かなりべたなおやじギャグも平然と言う。

そして、自分で笑い、周囲も笑う。

けれど、そこにはちゃんと理由があった。

雰囲気を作ること。

パーソナリティーをどう乗せるか。

どう気持ちよく話してもらうか。

T.Hさんは、相手の話に大きくうなずきながら耳を傾けていた。

そしてトークが終わるたび、トークバックと呼ばれる回線を通して、

「いやあ、最高でした」「今の面白かったですね」

と必ず声を掛ける。

その時の表情まで含めて、ディレクションだったのだと思う。

では、その間ADは何をしているのか。

ディレクターが最高の状態で番組を進められるよう、先回りして動く。

一歩先ではない。

三歩先くらいを読みながら、必要な準備をしていく。

そして場の空気を作ることも、その仕事のひとつだった。

僕もT.HさんやH.Hさん以上に大きくうなずき、笑い、空気を壊さないよう必死についていっていた。

ディレクターは、生放送だけを見ていればいい仕事ではなかった。

翌日の選曲。
進行表。
音源の準備。
その多くを、当時ADだったH.Hさんが担っていた。

昼間は営業や企画の仕事をこなし、それが終わるとFM横浜へ入り、翌朝の生放送の準備をする。

僕がADとして呼ばれた理由のひとつは、そのH.Hさんの負担を減らすことだったそうだ。後になって聞いた話では、自宅へ戻るのはシャワーを浴びて着替えるためだけ、という日が続いていたという。

今なら問題になる働き方なのだろう。

けれど当時の現場には、そういう空気がまだ普通に残っていた。

僕がラジオの現場へ入った頃、すでにCDは登場していた。

それでも放送現場の主役は、まだレコードだった。

選曲されたLPやシングル盤が、放送順に並べられていく。

ターンテーブルは二台。

次に掛ける盤が分かるよう、H.Hさんはレコードプレーヤーの上に十円玉を置いていた。

「こちらから掛ける」その目印だった。

レコードプレーヤーは、今のデジタル機器のようには立ち上がらない。

針を落とした瞬間に音が出るわけではない。

放送局のプレーヤーは強いトルクで回転していたが、それでも曲の少し前に針を落として待機しておく必要があった。
そうしないと、音が"もやっ"と立ち上がってしまう。

その感覚は、今でも身体が覚えている。

進行表には
「F.O」
「C.O」

という文字が並んでいた。

フェードアウト。
カットアウト。

そんな放送の言葉も、この頃覚えた。

曲が始まるたび、H.Hさんは無言でストップウォッチを押す。

秒針を見ながら、

「あと一分です」

「間もなく終わります」

とディレクターへ伝える。

生放送は感覚で動いているのではなかった。

秒単位で組み立てられていた。

生放送には、決まった時間に入れなければならないCMがある。

交通情報もある。
曲の長さを計算し、トーク時間を調整しながら、番組全体を組み立てていく。

ただ音楽が流れているだけだと思っていたラジオの裏側には、こんな世界があったのか。

番組が進行するにつれて、僕の興味はどんどん大きくなっていった。

同時に、少しずつ怖くもなっていた。

一歩でも動きを間違えれば、番組全体の流れが変わってしまう。

空気が途切れる。

CMに食い込む。

次の進行がずれる。

生放送とは、そういう緊張の上で成り立っているのだと、少しずつ分かり始めていた。

そしてH.Hさんの動きは、とにかく無駄がなかった。
次に何が必要になるのか。
その先に何が起きるのか。

全部見えているようだった。

完璧だ、と思った。

後になって、自分が実際にADをやるようになると分かる。

あの時感じていた緊張感は、思い込みではなかった。

現場は、本当に一瞬で空気が変わる場所だった。

ADという仕事ですら、自分が思っていたより遥かに大変だった。

その先にあるディレクターなど、ほとんど別世界の存在だった。

僕は、まだ大学一年生だったのだ。

けれど現場は、まだ何も分かっていない僕に対しても、少しずつ"次の側"の視線を向け始めていた。

そして仕事は、生放送の時間だけでは終わらなかった。

始まる前にも仕事があり、終わった後にも仕事がある。

そんな当たり前のことすら、この時の僕はまだ知らなかった。

あの頃の僕は、「三歩先を見る」という言葉の意味を、まだ半分も理解していなかった。



One Day あの時、確かに僕はそこにいた。

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