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あなたは原爆は長崎でなく小倉に投下される予定だったと知っていますか?@北九州市平和のまちミュージアム

1945年8月9日、長崎に投下された原子爆弾の本来の第1目標は福岡県の小倉市(現・北九州市)でした。しかし、上空の視界不良で目視爆撃ができず、長崎に変更されました。

そのことについて身近に学べるのが、2022年(令和4年)4月19日にオープンした、北九州市平和のまちミュージアムです。
比較的新しいので訪問したことがない方も多いと思いますが、限られたスペースの中で、目的に沿った洗練された展示、体験型で学べる展示の工夫がされており画期的に感じました。ぜひ訪れてほしい場所です。


1.なぜ小倉が目標だったのか、なぜ長崎に目標を変えたのか

小倉が目標とされた理由は、西日本最大級の兵器工場「小倉陸軍造兵廠(ぞうへいしょう)」があったことと、軍事的な価値や市街地の構造が条件に合致したためです。

一方、小倉に投下されなかった経緯としては、8月9日朝、原爆を積んだ米軍機B-29が小倉上空に飛来したものの、前日の八幡大空襲による煙や戦災の煙霧、雲が上空を覆っており、目標を目視確認できなかったことが挙げられます。そのため機体は目標を変えて長崎へ向かいました。

​結果として小倉は原爆の被害を免れましたが、前日に八幡大空襲を受けており、甚大な被害を受けた直後でした。「運が良かった」という見方もありますが、ミュージアム内にある八幡大空襲の体験を語る動画には、胸を締め付けられるエピソードがありました。

​防空壕に多くの人が逃げた後、近所の子の泣き声が聞こえて、防空壕に招き入れようとお父様が閉じた防空壕の土を開こうとした時、ものすごい熱風で地表や街が火に包まれていることが分かり、土を戻したそうです。

そのうち子どもの声は聞こえなくなったけれど、その時の声が忘れられないとおっしゃっていました。

壕の中で多くの方が焼け死んだ場所もある中、その防空壕の人たちは助かったため、多くの命を救ったということでお父様の選択は正しかったといえます。しかし、当事者にはそのように割り切ることはできず、苦しみは続いているのだと胸が苦しくなりました。

​戦争は、どう転んでも良いことはひとつもない、そう強く思います。


2.小倉陸軍造兵廠(ぞうへいしょう)で働いていた女学生たち

最初は、国のために働けることが嬉しかったそうです。
しかし、始まってみたら、軍隊の一部のように厳しく接され過酷な労働を強いられたそうです。
体験談を動画で語られていた女性は、コンニャク糊で和紙を貼り付けるという作業をしていたそうですが、水を使うので足元は濡れて寒く手もかじかみ、とてもしんどい労働だったそうです。
また、自分が何を作っているかや、別の工場で働かされている人たちが何をしているかも知らされていないですし、自分が工場で行なっていることは口外してはならないと厳しく言われていたそうです。

そして、自分たちの作っていたものは、和紙をコンニャク糊で貼り付けた風船に爆弾をつけてアメリカへ飛ばす、風船爆弾であったとのことです。

風船爆弾というものを作っていた事自体あまり知られていないのではないでしょうか?
下記のとおり説明がありましたが綿密に計算されアメリカ大陸へ爆弾をつけた風船が届くように設計されており、その技術を戦争でなく他のことに使えれば良いのに…と思いました。


3.M50 XA3焼夷弾(模型)

持ち上げて重さを体験できる焼夷弾の模型です。
縮尺 1:1 重量 2kg

このようなものが街にばら撒かれていたと思うと…
家屋を貫通する力が強く、着火力も強いM50焼夷弾ですが、消火しようとして水をかけても消えなかったという体験談があり、化学反応を利用した焼夷弾だったので、火を消すことができなかったとのことです。
実際に体験していない世代もさまざまな想像をすることができます。


4.凄惨な体験談をタッチパネルで知っていく展示

これは非常に画期的な展示に思いました。
まず、赤字のキーワードだけ並んでいるのですが、

「ヒュールル、ヒュールル 人の足」「赤ちゃん 女の子」「アスファルト グツグツ」「うさぎ 涙」「すり鉢状」など…

ゲームのギミックを使ったようなタッチパネルで、キーワードだけで少し不穏なものは感じるのですけれど、恐る恐るタッチするとその体験談すべてが表示される仕組みです。
恐怖を疑似体験するというのでしょうか。スペースを取らないのに非常に優れた仕組みであると感心しました。
戦争を知らずに生きてきた世代に恐怖が伝わるように考えられた展示だと思いました。根源的な恐怖こそが平和を願う気持ちに繋がると私は思うのです。


5.当時の人々の暮らし

戦争体験と共に、その当時の暮らしを知ることができる展示もあり、暮らしに沿った当時を知ることで、より、戦争を身近に感じられます。

こちらは、鉄製のものは軍事用品に使うため、代用品となった陶器の食器や調理用品、アイロン等です。
アイロンは陶器でも代用できるのだろうか?と言うのは疑問ですが、デザインとしては素敵に思ってしまいますね…
使い勝手は分かりませんが、陶器製であることは素敵に見えました。

悲しいこともあったけれど、その中で幸せを見つけていたのではないか、という感想も持ちました。
空襲の後、友人と再会して喜びあった体験談を聞いたり、生活を垣間見ることで、そう思えました。

だからこそ、苦悩の中でも幸せを求める人間という生き物が、戦争をすることは無意味であると、最終的にその考えに帰結するのです。

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