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孤独侮るなかれ | 「孤独をほぐす」荻上チキ

📕 このシリーズでは、はたらく大人がちょっと立ち止まって読みたい本を、筆者の独断と偏見で、できる限り気負わずに紹介します。


こんな人に読んでほしい

  • すごく困ってはいないのに、なんだか毎日に寂しさを感じる人

  • 群れるのは嫌だけど、一人でいることが望ましいとも違う人

  • 自分は孤独とは無縁だ、と思いながら毎日を走っている人

孤独をほぐす / 荻上チキ

4月に出版されたばかりのこちらの新書がとても気になり拝読したので、紹介したいと思います。チキさんは「評論家」と名乗られていますが、言葉は易しいですし、文体も軽快で読みやすい内容でした。

孤独というテーマは大変広く、響きとしては重く感じられます。しかし、いやいやちょっと待てよ、と引き戻される言葉が、帯にありました。

ー 「なぜ人は、群れるのが嫌なのにさびしくなるのか」

そう、そうなんだ。みんな、なんだかさびしそう。自分も含めて。現代なりの孤独を解きほぐすことが、今、必要なのかもしれません。

誰しもの中にも眠る孤独

インターネットさえあれば簡単につながることができ、その気になればいくらでも繋がりを増やすことができる現代。なのに、なぜかさびしそうな人が多い。私自身も、そんな矛盾に疲れを感じることが少なくありません。

そもそも、孤独とはなんなのでしょう。本ではその点を紐解くことから始まっています。

孤独について語る際には、定番として必要な整理が一つあります。それは「孤立」(Social isolation)と「孤独」(Lonelines)の区別です。孤立とは、客観的に見て、他人との繋がりが乏しい状態のことを指します。一方で孤独は、社会的関係に満足していないことをいう、主観的な感覚を指します。
〜中略〜
孤独は「ひとり時間を楽しむ」「やっと一人になれた」という、ひとりでいるという状態(alone)を歓迎する感覚とは別のものです。

「孤独をほぐす」ー はじめに より

ー「社会的関係性に満足していない」という孤独の感覚

なるほどここに、「なんだか寂しい」に通ずるものがありそうです。そしてその感覚が、「主観的なもの」という点も見えにくさを作っているのではないでしょうか。

例えば、家族もあり、仕事もあり、表面的には充実している。しかし、話を聞いてもらえない、辛さをわかってもらえない、などの理由から、内面的な繋がりの乏しさを感じている。もしそうだったとしたら、それは「孤独」です。外からその人が孤独であることは気づきにくいでしょうし、もしかしたら本人すら、孤独と感じていないということもあるかもしれません。

人とは違う自分の孤独の形を解りたい

本では、さまざまな角度から「孤独」について問い、解きほぐされていくのですが、全体を通して一貫して感じるスタンスがあります。

それは、孤独のカタチは人によって違う、ということ。

当たり前と言えば当たり前です。ですが、本当にそのことについて、深く考えたことがあるかというと、そうではないなあとも思います。

本書では、中盤で「<わたし>の孤独を考える」として、人の多様性に触れる章があります。ニューロダイバーシティ(神経多様性)や性格性のちがいなど、そもそも人がそれぞれみんな違う存在であることや「ふつう」とはなんなのかといった本質に向き合うときがいよいよ来ていると感じます。

究極、人はみんな違うのだから、「孤独」は無くなるものではない。

まずはそこから始めたいと、私は思いました。

もし今、なんとなく違和感を感じている気がしていても「いやいや自分は孤独じゃないぞ」と思っている人がいたとしたら・・・いつかどこかでその針が振り切れる前に、「孤独」について少し考えてみても損はない、と思うのです。


🚩 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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