か カミュ「転落」4日目・前半〜「逃避」「自◯」そして……
ネタバレあり
二人はマルケン島に渡る。家並みから離れ、地獄のような虚無の海岸線に出る。
クラマンスは自分にはもう友人はいないと言う。それは悪戯に自殺を図ってみようと思った時にわかったのだと。
いったいなぜクラマンスは自殺しようとしたのか。それがたとえ悪戯だったとしても。
これは多分、カミュの思想が反映している。
カミュは世界は不条理だと断じる。この世界は神が作ったものでもなければ、人間が歴史を作る場でもない。
世界に秩序はない。
世界ではとんでもない理不尽なことも起こるし、とうてい納得できないことも起こる。歴史に進歩はない。
では、人はその世界の不条理にどう対処すればよいのか。
その対処法としてカミュは、まず「逃避」をあげる。
宗教に走ったり、理不尽を社会のせいにしたり。逆に社会的な美徳を身につけ、社会的成功者としてふるまったり。みな同じだ。それは世界の不条理から目を背け、「逃避」することだ。
パリのクラマンスは日々自己演出することに腐心した。だが世界の不条理はクラマンスに容赦はなかった。
彼は、無法者に一方的に殴られても何もできず、一人の少女の身投げを知っても見なかったことにした。そして彼は、あの笑い声を聞かされる。
クラマンスは、世界の不条理から逃げきることはできなかった。
不条理に対処する二つ目の方法、それは「自殺」だとカミュは言う。「自殺」は「逃避」よりマシである。少なくとも「自殺」は世界の不条理から目を逸らさず、しっかりと認識はしている。世界の本質を見つめてはいる。
しかし「自殺」は世界の不条理を炙り出しはするが、当然だがそれを実行すれば、生き延びることはできない。
クラマンスは言っている。
「生きることが好きなんだ」と。
従って、二つ目の方法は採用されない。が、悪戯にでもそれを試みようとしたことで、クラマンスは世界の本質を見ることとなる。
「皆に罪の意識を植えつけようと企んだ時、わたしの死を自分の罪と感じる者は誰もいなかった。つまりわたしに友人などいなかった」
「理想に殉ずる自殺者は、忘却されるか、嘲笑されるか、利用されるか、そのどれかであって、理解されることなど決してない」
クラマンスは友情が、偽りのものであると気づいてしまう。全てはハリボテであった。
自分が死んでも、すぐに忘れ去られるし、嘲笑さえされる。機会さえあれば、他人は自分を笑いのめそうと待ち構えている。今や、世界中の人間がクラマンスの周りで笑い始めている。
彼は猜疑心の塊となる。
まずすべきことは、友人とされる者の前では正直でいることを約束し、できるだけうまく嘘をつくこと。友情を二重に示してやること。
クラマンスはもはや友情を求めてはいなかった。彼が求めるのは同情だった。こう生きてしまった自分への。
自分は、常に礼儀正しく、崇高な精神を示しながら、実は日々盲人たちの顔面に唾を吐きかけるような人間だった。
しかし、自分だけが悪ではない、とクラマンスは考える。
虐げられている者たちが、その実、まっとうな人々を虐げている。お前も、お前も、お前も悪なんだと。
クラマンスは自分の罪を認めるにあたり、とある方法を通すことにする。多大なる時間をかけ身を丸ごと投げ出すような覚悟で到達した方法を。
その方法は、自分を「告解者にして裁判官」とするものなのだろう。果たして、その方法はいかなるものか。
