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【漢詩作ってみた】 五言絶句『神手』


東薬とうやく民生みんせいを救い

再聖さいせい世平せいへいを祈る

③今る幼児の手

温湯おんとうに父兄を洗う

東(東洋)では、薬師(仏)が(その手で)、民の生活を救い、
西(西洋)では、聖なる者が(その手を結び)、世の平和を祈った。
今看るのは、我が幼子の手
風呂の中で父の背を洗う手こそ。(私にとっては神の手である)

昨日、娘と風呂に入った。何やら、唐突に、背中を洗ってあげようか?と言う。「あぁ。よろしく」と答える。

背中は、普段人の手が触れることのない場所だ。小さな紅葉が撫でると新鮮な感覚で、まことに気持ちがいい。洗えているかどうかはさておき、くるくる小気味よく紅葉が回ると、なんだか眠くなってくる。

「もうちょっと続けて」「えー?まだ?」

というやりとりをした後、そのあたりで神が微笑んでいるなと思った。平和ってこういうことだなって思った。


なぜ漢詩など作ろうと思ったのか━━

特に深い理由はない。(ないんかい)
が、あるといえばある。(あるんかい)

子供の手が背中に気持ちよかった、という一種の感動は、何かに表現したいと思ったが、漢詩という形式にチャレンジしたのは、とある本がきっかけだ。

書店で、「中国名詩鑑賞辞典」という何やら分厚い本を見かけ、知らず知らず買っていた。買って、寝かしていた。

2年くらい書斎で寝ていたが、なにやら時が来たようで、おもむろに手に取って読んでみると、これが大変面白かった。

どうやら、山田勝美という、すんごい漢文学者が書いた解説書らしく、漢詩の本格入門といえばこれ、というような名著らしいのである。読むにつれて、漢詩の広大な世界、奥深さの一端に触れさせられる。

たとえば、平仄ひょうそくというルール。たぶん、知らないと思いますが、これがまぁ、大変。

漢詩のルールについては、別に一つの記事にする予定なので、軽くだけ触れると、漢字の世界には、いくつかの属性(グループ)が存在している。その発音(つまりは、平仄)によって、Aチーム、Bチーム、Cチーム、Dチーム、みたいな感じでわかれている。

RPG風に言うと、それぞれ漢字は、火属性、水属性、風属性みたいな属性を持っていて、漢詩の種類によって、この場所は、この属性しか使えない!みたいな決まりがある。

たとえば五言絶句の場合、全部の行について、2文字目と4文字目は違う属性の漢字じゃないといけない、とか。同じ属性の漢字は3回続けてはダメ!とか。

そういう厳格な配列の決まりの中で、意味と象形(漢字のビジュアル)と発声とが、バランスよく、美しくなるよう並べるのが漢詩の醍醐味であり、真髄ってことだ。

まぁ、この辺の話は、別の機会に譲ることにしよう。私もまだ勉強中だから。


漢詩、いいですよ。私は、和歌よりこっちのが好きですね。とにかく、多くを語らず、男らしく、歯切れとリズムがいい。

一つ言い訳しておくと、漢詩作りは、本当に難しくて、一朝一夕に習得なんてできません。冒頭の詩も、たぶん厳格なルールに照らし合わせると、はい、ダメ〜!!って言われる代物と思う。

というより、私は承句の「サイセイ、セイヘイを祈る」の読み口が、全然気に入っていない。サイとセイ、うーん、微妙!!

押韻と平仄という鉄のルールの中で、意味の通る漢字を並べるだけでも難しいのに、これしかない!っていう漢字を並べているように見える名詩たちは、本当に芸術作品なのだと思う。

杜甫とか李白とか、山田先生の解説を読むと、こんなにすごい人だったんだ!!ってびっくりすることしきり。李白の「月下独酌」なんて、鳥肌モノですね。

なんだか、最近、エッセイを書くばかりで、小説とか詩とかの創作活動ができていなかったので、とても新鮮で楽しい挑戦でした。

また漢詩、作ってみたいと思います。この夏、漢詩の広大無辺な世界に浸りたいなら、この本はとってもオススメです。




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