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いったい何を期待していたのか

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どうも、本や学びやmerkki(メルッキ)のじーもです。

四国、徳島。
自然あふれる場所での営業もできましたが、田舎の中では人が集まる場所(一応中心地?)の近くの方にお店を構えました。

生意気にもお店を始める前、繁盛しなくていいと思っていました。細々とでも続けられればいい、と。わかりにくいシステムや、わかりにくい場所でも、来てくれる人はいる、と思っていたのかもしれません。


元小学校教員。
うつ病の経験。さまざまな転職などの経験。

生意気にも自分でも本ができた時、けっこういい本ができた、と思っていました。イベントに出れば、買い求めてくれる人がいるかもしれない。意外とたくさん売れて困っちゃうかも…なんて。


生きている以上。期待しないように思っていても、やっぱり期待してしまう。そんなときはある、ように思います。
今日はそのことを、自分の話として、少しだけ。


本屋としての場所

うちは新刊を中心に、中古本(一般書が中心)や古書(比較的専門的な内容での中古本)もあります。

お店にもしものことがあって、すべて引き取らなくてはいけなくなっても大丈夫なように、基本的には自分の気になる本を置くようにしました。

そのことでもわかるように、実は。
計画段階としては、本屋として生計を立てるつもりはありませんでした。つまり、「本屋=本を売る場所」として成り立つのは難しいと思っていたわけです。

だから、「本屋=本を売る,本が読める場所を提供する」と考え、座席料なるものを設けました(本の読める店fuzkueをつくった阿久津隆さんの『本の読める場所を求めて(朝日出版社)』を読んだことがきっかけです)。

つまり、本が読めるくらい静かな場所を提供することで、勉強や趣味など落ち着いて過ごせる空間にしようと思ったわけです。

カフェは設備やお金の関係上、難しいので、休憩室のようにセルフでお茶やコーヒーを淹れれるようにして、そういったフリードリンク込みの金額としました(※気になる方はこちら)。

あくまでも、提案として。
もし同じように考えている人がいるなら…と思って始めました。

少しずつ。利用してくれる人が増えてきていますが、まだまだ。
現状は、本屋としての売り上げが一番大きな売り上げとなっています。

学びやとしての場所

もうひとつ。
できれば(収入源としても)と思ったことが、個別塾、のような場所です。

個別塾、といっても一般的な学習塾と同じにはしたくありませんでした。
自分の実力不足、というのもあるかもしれませんが、そもそもペーパーテストの点数に価値を置くことに対して違和感を抱いたからでした。

もちろん希望があれば、学校の勉強や最低限習得しておきたいこと、など。ほかにもペーパーテストをあくまでも方法(過程のゲーム)と捉えるなら、一緒に攻略方法を考えたいと思っています。

でもほんとうは。
そうじゃないこと。学校だけではできないこと。ペーパーテストの内容ではないこと。お金のことや、社会の仕組み。イベントを自分で企画してみたり、本をつくるのでもいい。教科に縛られずに、気付けば「学び」になっていた。そういう場所がいいと思っていました(今でも思っています)。

ペーパーテストの点数以外のことを大事にしたい。でも、現状お金を支払う親や保護者に位置する人たちは、良くも悪くもペーパーテストの点数を重視してしまうこともあります。その部分は否定しません。実際にそこで測られることもあるわけですから。

そうだとしても。見えやすい部分が重視されて、わかりやすいことが求められたとしても。それでも、それ以外のことの重要さが変わるわけではない、と思っています。思っていますが…どうすれば届くのでしょう。

口コミで…じゃあその口コミはどうやって…?

学習塾の比較サイトへの登録も一般的な塾とは違うことからなかなか踏ん切りがつかず。思うようにできていません。

自分の作った本

そうやって。一応は自分なりの考えや想いをもちながら。
何より、自分自身。いろんなことがあったので、本(『一周まわって、いまの場所にいる』)にしました。

自分の。今の時点でできること。自分なりに言葉を尽くして。書きました。
それがどんな人に。どうやって伝わるかはわかりませんが。書きました。

イベントでも販売し、実際に手に取ってくれた方もいました。嬉しかった。
感想をくれました。本当にうれしかった。

うれしかったんです。本当に。
でも。

何を期待していたのでしょう。

この本を起点に、自分のことを。お店のことを知ってもらって、たくさん来てもらうことでしょうか。

この本を取り扱いたいと思ってくれる場所が増えることだったのでしょうか。もっとたくさんの人が手に取りたいと思ってくれることだったのでしょうか。

誰か一人にでも、何か伝われば。
少なかったとしても、必要としてくれる場所になれれば。

そう思っていた・・・つもりでした。
つもり、だったんです。

きっと本当は。
自分がしていることを認めてほしかったのかもしれません。
もっとたくさんの人に気付いてほしかったのかもしれません。
ただ、褒めてもらいたかったのかもしれません。

正直、わかりません。
でも少なからず、そんな気持ちがあったんだと思います。

だって、そうでなければ。

初めて自作の本を売ったイベントが終わった時に感じた、ぽっかりと穴の開いたような気持ちになりません。

普段の営業で、誰も来ない時にたくさんのすてきな本たちが自分にしか見られていないという状況をむなしく見つめることはありません。

急に不安になり、自分がやっていることが無意味に感じるなんてことはありません。

不安です。
見ていてほしいです。
気付いてほしいです。

そんな自分の甘え、というか。未熟さというか。ただの、わがままというか。

認めます。
その気持ちはゼロではないようです。

場所としての場所、自分

こんな場所になりたい。
こんな自分になりたい。

そう思うからこそ、近づけることもあるし。
そう思うからこそ、辛くなることもあります。

そんなときは認めることから始めようと思います。

誰かに認めてほしかった自分を。気付いてほしいと、実は叫び続けている自分を。

場所は場所であり、自分は自分でしかありません。

わたしは、本屋を営んでいます。
でも、そこには本を買いに来てもいいし、本を読みに来てもいい。
本に関係なくとも、寂しくなったら話に来てもいい。愚痴を言いに来てもいい。場所は場所であり、そこへ来る人たちが、好きなように使ってほしい。

もしそこで気になったことがあったなら、人と人としてお互いやり取りをして進めていきたい。場所は、ただの場所だから。


わたしは、じーもです。
書いていることが真実であり、嘘でもあります。
その時々で変わります。
腹が立つことだって、逃げる時だって、父親の時だって、子どもの時だって。すべて。自分は自分。

自分でしかない。存在している、自分。
存在できている、自分。そこにいるのは、ただの自分。
わたしは、じーもです。

最後に

本当はこの文章。書いているのは今なのですが、書こうと思ったのは記事の中でも触れているイベント(5/18に行われた、作りてから本を買うことをテーマとした淡路島ブックマーケットというイベント。素敵なイベントでした。)が終わってすぐのことでした。

やっぱりなんだか、むなしかったんです。
これまで行けなかった都会での文学フリマ終了後にはSNSなどでたくさんの感想が飛び交っていました。羨ましかった。もしかすると自分の本もそうやってみんなに見てもらえるかもしれない。お店も知ってもらえるかもしれない。

きっと、そんな気持ちだったんでしょう。

ほんとに、何を期待していたんでしょうか。
今はそう思えます。

自分とは違う、他のことばかりに目を向けてしまう。
自分とは違う、キラキラしたものばかりに目が向いてしまう。

まずは足元から。
自分の立っている場所。そして、自分。

そこから見つめられるといいな、と思います。

・・・
・・

ちなみに、そういうことでそのことを起点に二冊目の本を書きました。8月3日の文学フリマ香川2で初披露です。…これは宣伝です。ごめんなさい。(※『ここにも。 徳島から』

今日も最後までありがとうございました。
よければまた、お会いしましょう。では。


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