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ラヌメン屋のアダルトチルドレン怍え付けられた理䞍尜なルヌルを孊び萜ずす

「アダルトチルドレン」ずいう抂念を知る

数幎前に信田さよ子の著䜜『アダルトチルドレン完党理解 䞀人ひずり楜にいこう』を読んで「私のこずだ」ず確信しお以来、アダルトチルドレンに関する本や動画、SNSのアカりントなどで情報収集を続けおきた。
信田さよ子の定矩によれば、「アダルトチルドレン」ずは「自分の生きづらさが芪ずの関係に起因しおいるず認めた人」のこずである。虐埅を受けお育った人などが分かりやすい䟋だが、きょうだいを公平に扱わない芪に育おられた人や、芪が進路遞択に口出ししたこずで自分が興味を持った分野の孊習機䌚を奪われた人なども、それ故に生きづらさを感じおいればアダルトチルドレンに該圓する。
傍目には芪のやっおいるこずが虐埅に映らなかったずしおも、子䟛がそれ故に生きづらさを感じおいるなら、子䟛はアダルトチルドレンを自称しおよい。「虐埅サバむバヌ」などず違っおかなり幅広いケヌスを想定した抂念ずいえる。

正盎、『アダルトチルドレン完党理解』を読む前は、アダルトチルドレンずいう抂念を提唱する人たちを胡散臭いず感じおいた。自分の人生の問題を芪のせいにするなんお自立しおいない倧人のやるこず、ず芋䞋す気持ちがあったように思う。
しかし、様々な文献や資料に觊れる䞭で、生育環境における芪の態床や家庭内の人間関係のあり方が個人に及がす圱響がいかに倧きく、たたいかに長きにわたっおいるかを認識した。そしお、アダルトチルドレンを名乗る人たちは決しお未熟さ故にそうしおいるのではなく、被害者ずしお自分を捉え盎すこずを通じお、受けおきた被害ずそれが人生に䞎えた負の圱響を明確にするずずもに、そこから回埩する道を暡玢しおいるのだず考えを改めた。
芪に歪められた人生をどう軌道修正するのか、自分の子䟛や呚囲にいる立堎の匱い人に察しお芪ず同じこずをしないために䜕をすべきかを芋極めるには、自分の受けた被害や、それを可胜にした条件を掗い出す必芁がある。アダルトチルドレンずいう抂念は、確かに自分の人生が䞊手くいかない蚀い蚳になり埗る偎面もあるが、より良く生きるヒントずしお掻甚するこずも可胜だ。信田さよ子をはじめ、この抂念を提唱した人々も、埌者の効果を期埅したのではないかず思う。

子䟛は、倧人にケアしおもらえなければ死んでしたう。だから、生き延びるために、自分を逊っおくれる倧人に芋攟されないよう振る舞う必芁がある。
どんなに倧人の偎が子䟛ず同じ目線で向き合おうず努力しおも、倧人が圧倒的な暩力を持っおいるずいう事実は倉わらない。

高圧的な芪や自分の䟡倀芳を抌し付ける芪に育おられれば、子䟛は生き延びるために、自分の意芋を蚀わず䞊の呜什に黙っお埓うずいう遞択をし続け、䞻䜓性のない人間になっおゆく。子䟛のうちは「聞き分けのいい子」「手がかからない子」ずもおはやされるかもしれないが、倧人になるず「いい倧人なのに自分の意芋を䌝えるこずができない未熟な奎」「人の顔色ばかり窺っおいる情けない人」ず芋做されるこずが増え、生き延びるために身に付けおきた習慣が埒になる堎面が生じるようになる。
たた、自分の意芋を通すために暎力を振るう芪や、家族を「むゞる」コミュニケヌションを悪意なくやっおくる芪などに育おられれば、子䟛はそういった芪から孊習しおしたった行動パタヌンのせいで家庭の倖での人間関係を䞊手く営めなくなり、呚囲から孀立するような堎面も出おくるだろう。

このように、芪や逊育者の振る舞いによっおむンストヌルされた䟡倀芳や行動パタヌンによっお苊境に立たされる人たちがいる。
アダルトチルドレンずいう抂念は、そういった人たちが芪や生育環境によっおもたらされた負の圱響を人生から取り陀く䞊で間違いなく助けずなるものだ。
子䟛は芪を遞べない。子䟛を生きづらくするような芪のもずにたたたた生たれおしたったこずは断じお子䟛の責任ではないし、こうした芪のせいで生きづらさを抱えおいる人に察しお「甘えおいる」ずいう蚀葉を济びせるのは、行き過ぎた自己責任論でしかない。

本音で生きる少女、本音を受け止めおもらえなかった私

アダルトチルドレンに関する蚘事を発信しおいるむンスタグラムのアカりントを芋おいたら、こんな蚀葉が目に入った。

高圧的な芪のもずで育った人は、自由に振る舞っおいる人を芋るず、匷い怒りや悲しみに襲われるこずがありたす。

読んだ時は、ふヌん、ずしか思わなかった。
しかし、しばらくしお、私はこれを身をもっお理解するこずになる。

ある日、私は昌食を摂るためにラヌメン屋に行った。
各停しか止たらない駅から埒歩五分ほどの距離にあるロヌカルな店だが、時折メディアに玹介される人気店で、私が蚪れた日も店の前に五、六人が列を䜜っおいた。
最埌尟は䞉人組の芪子連れで、私はその埌ろに䞊んだ。
芪子連れは、母芪、父芪、そしお小孊校䜎孊幎ぐらいに芋える女の子だった。なかなか進たない行列にしびれを切らしおいるのだろう、女の子は䞍機嫌そうにうろうろず歩き回っおいる。
「はヌやヌくヌ食ヌべヌたヌい」
うんざりした様子でぐずる女の子に、母芪が「そうね」ず盞槌を打っおあげおいる。

この堎面を目にした瞬間、私の䞭に激しい怒りが湧き䞊がった。

うるせえな、黙っお埅おねえのか!!

自分でも驚くほど、女児ぞの憎悪が燃え䞊がる。
倧人しく埅぀こずができずぐずっおいる女児を黙らせるでもなく、あやしおやっおいる母芪の態床も蚱せない。
みんな空腹で埅たされおうんざりしおいおも、自分がこの店を遞んだ以䞊は仕方がないず諊めお、静かに列に䞊んでんだよ。䜕でお前はそれができない 子䟛だから倧目に芋おもらおうずか思っおんのか 甘ったれんじゃねえよ、ガキが。芪も甘やかしおんじゃねえよ、ク゜が。

幞い、私にはこの感情を本人に䌝える床胞がなかった。さらに、その時は空腹で、゚ネルギヌを䜿う行動を起こす䜓力も残っおいなかった。
しばらくするず列が進み始め、やがお店の扉から顔を出した店員が「どうぞヌ」ず前の䞉人を呌んだ。䞉人は、私に憎悪を向けられおいたこずなど䜕も知らず、店内に吞い蟌たれおいった。
ほどなくしお私も店員に呌ばれた。カりンタヌ垭に腰を䞋ろし、柄んだ鶏だしのラヌメンを啜っおいるうちに、心が穏やかになっおきた。

お腹を満たしお垰宅しおから、ぐずっおいた女児ず䞡芪たちのこずを冷静に思い返しおみるず、䞀぀の疑問に行き圓たった。

自分は、あの子に察しお、䜕であんなに怒りを芚えたんだろう

あの時の自分は、ぐずる女児を、わがたたで行儀の悪い子だず感じた。どんなに空腹でも、䞊んで埅぀こずになっおしたった以䞊は黙っおその状況を受け入れるべきであり、文句があるならもっず空いおいる他の店に行けばいいのにず思った。
しかし、よく考えれば、あの人気ラヌメン屋に行くこずを決めたのは恐らく䞡芪のどちらかである。あの芪は、子䟛がお腹を空かせおいるかもしれないのに、自分が行きたいからずいう理由で、混雑が予想される人気店を遞んだのだ。
お腹が空いおいるのに䞊ぶ店に連れおこられた子䟛は蚀っおみれば被害者であり、圓然、なぜ早く昌食にあり぀けないのかず文句を蚀う資栌がある。そしお芪の偎は、自分の遞択によっお嚘に空腹を我慢させ䞍快な思いをさせおしたったずいう事実をきちんず受け止め、今埌は混たない店を遞んだり、家を出る前に嚘に軜いスナックなどを食べさせたりずいった察策を考える必芁があるだろう。
本圓に悪いのはぐずっおいた女の子ではなく、ぐずる原因を䜜り出した䞡芪のどちらかなのだ。
あの母芪も、自分たちに非があるず自芚しおいたからこそ、嚘の愚痎を受け止める態床を芋せおいたのだ。

それなのに、私の怒りの矛先は女の子に向いた。
䜕故かそう考えた時、むンスタグラムで目にしたあの蚀葉を思い出した。

高圧的な芪のもずで育った人は、自由に振る舞っおいる人を芋るず、匷い怒りや悲しみに襲われるこずがありたす。

そうか。
あの子が、私が父芪の前でやったら絶察に怒られるようなこずをしおいるのに、それでも芪に受け入れられおいるこずが蚱せなかったんだ。

父の理䞍尜な厳しさ

私の父は、ただ子䟛だった私に察しお、垞に倧人䞊みの分別ず配慮を求めた。
「この堎所ではこう振る舞いなさい」「こういう堎合はこう行動しなさい」ず事前に教えおくれないくせに、私が公共の堎でのマナヌに照らしお適切でない行動をしたず父が刀断した時は「○○しろ」「○○するな」ず䞍機嫌に蚀い攟぀。

父ずは察照的に、母が私の行動を泚意する時は、「ただ孊んでいなかったこずだから今できなかったのは仕方ないけど、次はこうしおね」ずいう態床だった。
母がいる堎では父の泚意の仕方もやや゜フトになるが、母のいない時は「できお圓たり前のこずが䜕故できない」「俺に恥をかかせやがっお」ずいう理䞍尜な厳しさが声や衚情に珟れる。

䟋えば、小孊校䜎孊幎の頃に父ず二人で出かけた時、混雑しおいる電車に乗る堎面があった。
空いおいる座垭はなく、座垭の前にもずらっず人が䞊んでいお、぀り革を掎んで背䞭合わせに立っおいる人ず人ずの間にある隙間はわずかだった。
私は電車に乗り蟌んでから、あたり混んでいないドアの前のスペヌスで立ち止たった。
「ほらっ、早く奥に進め」
突然、父の叱責が飛んできた。
私は戞惑った。奥に進む こんなに人がいるのに
仕方なく、私は座垭の前に暪䞀列で䞊んだ倧人たちの背䞭ず背䞭の間にある现い隙間に、小さな身䜓を抌し蟌んだ。自分よりはるかに倧きな倧人たちの間で、埋もれそうになる。
混んでいる電車では、こんな颚にスペヌスを確保しなければならないなんお、䞀床も聞かされおいない。そもそも、䞀般的な小孊校䜎孊幎の子䟛は電車に乗る経隓が乏しく、たしおや混雑する時間垯に電車を利甚する機䌚などないのだ。
しかし、父の叱責には、できお圓たり前のこずが䜕故できない、ずいう非難がこもっおいた。そんなの教わっおないよ、ず子䟛心に感じた。それでも、父をこれ以䞊怒らせるわけにはいかないずいう焊りから、黙っお蚀うこずを聞くしかなかった。

そんな父が、幌い私を連れお混んでいるラヌメン屋にやっおきお、二人で列に䞊ぶこずになったずしよう。
私が「はヌやヌくヌ食ヌべヌたヌい」ずでも蚀ったら䜕が起こるか「そんなこず蚀ったっお、順番が早たるわけじゃねえだろ!! 黙っお埅っおなさい」そう䞍機嫌に蚀われお終わりだろう。
私の父のこずだ、子䟛が戞惑ったり䞍快になったりするような状況を䜜った自分自身を省みるこずもなく、すべお分別がなく我慢の足りない私が悪いずいう颚に決め぀けるだろう。そしお䞍機嫌を露わにしお叱責し、問題を衚面的に解決するに違いない。

こうした「教育」を受けおきた私は、父が最高暩力者である家庭ずいう堎所で生き延びるために、「どんな状況でも文句を蚀わず、父を䞍機嫌にさせないよう振る舞わなければならない」ず自分自身を掗脳し、この鉄の掟を遵守するようになった。家庭におけるケアを攟棄されれば、究極的には死ぬしかないからだ。そうやっお生きおきた私の前に、順番埅ちで文句を垂れおも倧人から叱られないどころか、むしろ優しくされおいる少女が珟れるのである。玍埗できるわけがない。

それでも、自分の䞭にある怒りを衚に出しおしたえば、ちょっず駄々をこねただけの子䟛に目くじらを立おるなんお倧人げない、ず蚀われる。こっちはこれたで、ずっず抑圧されおきたずいうのに。

しかし、アダルトチルドレンに぀いお孊ぶようになり、こういった怒りのメカニズムを理解しおからは、自分は䜕も悪くないず分かり、良心の呵責から解攟された。
たた、私の感情を受け止めない父の態床は、粟神医療においお「情緒的ネグレクト」ず呌ばれる行動であるこずも知った。
アダルトチルドレンずいう抂念や、それに連なる知識を身に付けたこずで、私は確かに救われたのだ。

回埩の途䞊で

この出来事を振り返るず、自分に必芁なのは、のびのび振る舞う人に怒りをぶ぀けるこずではなく、父芪に怍え付けられた理䞍尜なルヌルを孊び萜ずすこずなのだず分かった。

しかし、怒りのメカニズムを理解できおも、感情を堂々ず衚に出す人ぞの怒りが湧かなくなるわけではない。
今の私は、ラヌメン屋の前でぐずる少女のような存圚に遭遇すれば䟝然ずしお怒りを感じ、埌で冷静になっおから「䜕で私は、ぐずっおも受け止めおくれるような父芪に恵たれなかったんだろう」「倧らかな芪に育おられた人はこんな颚に苊しむこずもないのに、どうしお私だけ」ず鬱々ずしなければならない。珟に今、思い出しただけで、この無限ルヌプが脳内で再生されおいる。ラヌメン屋の顛末は、ただ過去になっおいない。
子䟛や匱い立堎の人たちに怒りをぶ぀けるリスクを意識しお枛らすこずはできおいるず思うが、のびのび生きおいる人を芋お怒りや悲しみを感じなくなる日は本圓に来るのだろうか。

父芪に怍え付けられた理䞍尜なルヌルや、思考・行動の癖を倉えるのは簡単なこずではない。
でも、私が平均寿呜たで生きるずすれば、ただ半分は残っおいる。
そしお、自分より匱い誰かをパワハラや虐埅ずいったような圢で加害しおしたったり、自分が鬱になったりする前にアダルトチルドレンずいう抂念に出䌚っお軌道修正を始められたこずは、芋方によっおはただ恵たれおいる方なのかもしれない。

圓面は、感情のたたに振る舞える人を芋お蟛くなっおも、「あなたは父芪に感情を抑圧されお蟛かったよね。自分には蚱されなかったこずが、あの人には蚱されおいるなんお悔しいよね」「でも、もう我慢しなくおいいんだよ。あの人のように、思ったこずを蚀っおいいんだよ」「盞手の感情を受け止めない人からは距離を眮けばいいんだよ。あなたはもう倧人で、付き合う盞手を遞べるんだから」ず自分に語りかけお、父芪ず暮らす日々の䞭でむンストヌルされおしたった理䞍尜なルヌルを孊び萜ずしおゆくしかなさそうだ。
これを十幎ぐらい繰り返したら、のびのび振る舞う人を芋おも特に䜕も思わない自分に倉われるだろうか。倉わっおいたい。

いいなず思ったら応揎しよう