ルーツの旅クイズ|今昔地図でたどる「佐々木さん」の故郷はここ!?
いつもお読みいただきありがとうございます!
ルーツの旅好き、山田です。
「佐々木」と聞いて、
あなたはどんな人物を思い浮かべますか?
豪傑?武士?
それともあの剣豪……?(それは後ほど!)
気軽に読めて、ふと、
自分のルーツを考えたくなる。
そんな時間になれば嬉しいです。
今回は、名字ランキング13位の
「佐々木」さん に注目します!(※1)
それでは、ルーツの旅へ行ってらっしゃい!
「佐々木さん」の由来とは?
「佐々木」は、地名由来の名字です。
ルーツは「渡辺さん」同様、
一箇所に特定されているという珍しい名字。
ちなみに「佐々木」は全国に広く
分布しており、特に東北や中国地方に
多いという統計もあります。
「ささき」の語感が持つ軽やかさ・
爽やかな印象がしますね。
“佐々木”という名前に、
あなたは何を感じますか?
実は、この名前の由来には、
湖の中に5000年続いた暮らしの記憶が
眠っているのです。
さて、早速行きましょう!ここで…
ルーツの旅クイズ!
Q. 「佐々木」さんのルーツとされる場所はどこでしょう?
A. 滋賀県
B. 福島県
C. 山口県
「うーん…🤔」と悩んでいる方のために、
ヒントです!
この地図は100年以上前のものです!

これは、選択肢にある都道府県の
「ある地域」の1891(明治24年)~1909年(明治42年)
の様子を描いた地図です。
上部に見えるのは、湖です。
湖と言えば・・・
・・・
今回は追加ヒントどうしましょう?
「無し」でいきましょうかね!
いえ、やっぱり出しましょう!!
ある有名な武将のお墓が
この近くにあります。
実は彼のお墓は、全国に15か所以上も
存在すると言われており、その最期には
多くの「謎」が残されています。
そして、彼が本拠としたお城は、
とある事件の後に火災で消滅し、
「幻の城」とも呼ばれているのです――。
歴史好きなあなたなら
もう、わかってしまいましたね。
そう、彼とはもちろんあの武将の事です。
✅ 正解は… A.滋賀県!
滋賀県近江八幡市安土町の一角、
かつて「佐々木庄」と呼ばれた地に
さかのぼります。
宇多天皇の子孫である宇多源氏の一族が、近江国蒲生郡佐々木に土着し、
この地名を姓にしたのがはじまりです。
彼らは後に「佐々木氏」として全国に広がり、
鎌倉幕府の成立にも深く関わります。
滋賀県には、佐々木一族の氏神をまつる
「沙沙貴神社(ささきじんじゃ)」 も現存。
その境内には「佐々木氏発祥の地」
という碑もあります。

「佐々木さん」のお話をしてきましたが、
もしかしたらあなたの名字にも、
こんなふうに土地の地名と結びついた
物語があるかもしれません。
そんな“自分だけのルーツの旅”を
【ルーツの旅のしおり】を片手に
体験してみませんか?
ちなみに先程の地図は
「滋賀県近江八幡市周辺」のものです!
では、今の滋賀県近江八幡市周辺を見てみましょう!

安土駅周辺ですね。
今昔地図から時代の変化を読み解こう!
昔の地図を眺めると、
「消えた風景」や「名前の名残」こそが、
ルーツを感じる手がかりになります。
あなたなら、どんなところに
着目するでしょうか?
お馴染みの地図を眺めながら
妄想タイム!!をお楽しみください。

今昔マップで確認すると、
かつて存在した大中湖は、
その後の干拓で姿を消し、
現在の田園地帯となっています。
以前、「田中さん」のルーツ記事でも
ご紹介させて頂きました「内湖」ですね。
琵琶湖には多数の内湖が
今も存在しています。
この時は「入江内湖」についてみていきました。

あなたなら、
どんなところに着目しますか?
地図を眺めながら、想像をふくらませて、
時代を旅してみてください。

「佐々木」姓発祥の地・蒲生郡佐々木
周辺は、今でこそ田園風景ですが、
明治期には湖と村落が交錯する、
水郷地帯でした。
左上:1891~1909年
右上:1954年
左下:1967年~
右下:現在の地理院地図
こうしてみると時代の移り変わり
がよく分かりますね。
大中湖や小中湖が干拓される以前は、周囲一帯の内湖を「中の湖」(なかのうみ、中之海とも[3])と称しており、現在の大中湖は特に五十丁湖(ごじっちょううみ)と呼ばれていた[10]。1964(昭和39)年の干陸時に、南東部の砂州近くの湖底に大規模な農業集落の跡(芦刈遺跡/大中湖南遺跡)が発見され、縄文時代から鎌倉時代にかけて断続的に営まれた人々の暮らしの様子が明らかとなった[11][12]。東の登呂遺跡(静岡県静岡市)、西の唐古・鍵遺跡(奈良県田原本町)に匹敵する発見とされた
湖の中に、5000年の暮らしがあった
かつて滋賀県近江八幡市周辺には、
「中の湖(なかのうみ)」と
いう大きな内湖が広がっていました。
その中でも「大中湖(だいなかこ)」は、
昔「五十丁湖(ごじっちょううみ)」と呼ばれ、
1964年に干拓されるまで湖のままでした。
ところがその湖底から、縄文時代から鎌倉時代に
かけて人が暮らしていた跡が見つかります。
田んぼや貝塚、住居跡などが発見され、
日本でも最古級の農耕の歴史があった場所
として、奈良や静岡の有名な遺跡と並ぶ発見
となりました。
湖が農地へと生まれ変わった。
戦後の食糧不足や雇用対策のため、
全国で湖や干潟を農地に変える工事(干拓)が
進められ、大中湖もその一つに。
1964年に湖は干拓で陸地となり、
翌年から農家が入植。低地のため、
今でも水はポンプで管理されています。
その後、大中湖跡地は
「新しい農業のモデル地区」として整備され、
米作りだけでなく、スイカや花、
牛などの多様な農業が行われる地になりました。
湖だった場所に再び人が暮らし始めた――
ここには、人と自然がせめぎ合いながら
生きてきた長い歴史があります。
安土の町を歩いてみよう!
駅から沙沙貴神社、安土城跡はすべて徒歩圏内。
小さな旅ながら、「歴史」と「地名」と「名字」
がつながる、濃密なひとときを味わえます。
スタートは「安土駅」。
北口では、織田信長公の銅像が出迎えてくれます!
南口側に出て、安土城郭資料館
そこから歩いて15分ほどで、
沙沙貴神社に到着。
「佐々木氏発祥の地」の碑が静かにたたずみ、ここが"名字のふるさと"であることを実感できます。
信長の館
考古博物館
その後は、安土城跡へ向かい、信長公になったつもりで散策
【おまけ】
少し足を延ばして、八幡堀めぐりもいいですね。
歴史上の「佐々木」さんといえば…
やっぱりこの人。佐々木小次郎。

「巌流島の決闘」で知られる、剣豪・宮本武蔵のライバルとして有名ですね。その技といえば、燕返し(つばめがえし)
出自には福岡県の豪族佐々木氏、
福井県など諸説あります。
その名が全国に広がったことで、
「佐々木」という姓がより認知され、
武士の姓として尊ばれるようになった
背景もあるのです。
まとめ
あなたの旅が、誰かの希望の明かりになる
「佐々木」という名字の向こうに見えたのは、
ただの由来ではなく、人と土地が織りなす
ひとつの風景でした。
もしかしたら、この道を、
先祖も歩いたのかもしれない。
そう思えた瞬間、名前が物語に変わっていきます。
名字には、土地が宿り、時間が眠っている。
そしてその旅路は、いまを生きる自分へと
続いています。
さあ、次はあなたの番です。
その一歩が、誰かの光になるかもしれません。
※本日のトップ画像は、
noteクリエイター「ひとりことり」さんの作品
(滋賀県近江八幡市)
を使わせていただきました🌿
(みんなのフォトギャラリーより)
【おまけクイズ】🐾
彦根の人気キャラクター「ひこにゃん」は、
ある歴史エピソードと戦国武将の装備が
モチーフになっています。
さて、ひこにゃんの“モデルになった出来事”とは、
次のうちどれでしょう?
Q. ひこにゃんのモデルとなった出来事は?
A. 井伊直政が赤備えで初陣を飾った伝説
B. 井伊直孝が猫に導かれて雷雨を避けた話
C. 彦根城の石垣からモチが落ちてきた不思議な出来事
✅ 正解は、次回の
「山口さん」ルーツ記事で発表します🎉
【山田さんのルーツ・おまけクイズの答え】
Q. 名古屋市の公式マスコットキャラクター
「はち丸」が生まれたとされるのは、
次のうちどの年?
A)1603年
B)1610年
C)1868年
✅ 正解:B. 1610年
【参考文献】
📖 姓氏家系大辞典 太田亮
📖 決定版 面白いほどよくわかる!家紋と名字 高澤等・森岡浩
📖 ルーツがわかる名字の辞典 森岡浩
※1 森岡浩氏による各地域の電話帳をもとにした独自集計ランキングより。
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