整体師とお坊さんとカカシ 第27話
「善は急げよ!」
刑事・筬島睦美の勢いに逆らえず、昼から休みをもらうことにした。
果たして死亡した本人の家を探るために訪問することが「善」なのか、まあ「悪」ではないとしよう。
「こんにちは院長先生。真山さんをお借りしますね」
彼女は13時ぴったりに入ってくるとニコニコしながら挨拶した。
院長の野中さんには事情を話しておいたつもりだが、ドライブにでも出かけるようなノリで現われた女性を前にして事態が飲み込めないようだ。
狐につままれたような顔をしているから、私がフォローした。
「こちら筬島さんです。今日はこんな格好してますけど」
「ちょっと、こんな格好はないでしょう。ネイビーのワンピース。精一杯のオフィスカジュアルで決めてきたのに」
「もしかしてあのときの女刑事さん。いやぁ、見違えましたよ~。真山先生のお友だちかと思っちゃった」
以前会ったとき、彼女はポニーテールにしていたが、今日はほどいたロングヘアーなのでなおさらイメージが違って見えたのだろう。
ちなみに今朝は施術しやすいよう上下ともグレーのスエットだったが、先方を気遣って着替えてきたらしい。私は出勤したときのままデニムパンツとオフホワイトのUCLAトレーナーで向かうしかない。
ようやく状況を理解してうなずく院長を置いてツンノーテをあとにする。
筬島さんが運転するイエローのフィアットに乗って5分ほどで着いた。黄色いステッカーを貼られてはしゃれにならないので近くのコインパーキングに入れて歩く。
「たぶん、あの家ね」
彼女がスマホのマップと見比べて指さしたのは広い庭がある平屋一戸建てだ。事前に連絡していたこともあり、チャイムを鳴らすとすぐに返事があった。
「あらまあ、刑事さんが来るかち思うたらきれいなお嬢さんが二人も来なさって、ダンナもあの世で喜びまっしょ。どうぞどうぞ」
田中大造さんは56歳だったので、奥さまも50代と思われる。第一印象は気さくで飾らない素直な人柄に見えた。まあ、その辺は私が気にするまでもなく刑事の仕事だろう。
ご仏壇に線香をあげさせていただいてから、筬島さんが切り出す。
「改めまして、私は刑事の筬島と申します。そしてこちらが整体師の真山さんです。すでに警察からいろいろ聞かれたと思いますが、よろしければ大造さまの様子についてもう少し詳しくお話しいただけませんでしょうか」
「そうねえ、うちはダンナが静かに眠るようにあの世にいけたからよかったち思うとると。テレビを見ながら眠りこけて、朝になってもまだ起きんけん声ばかけたけどビクともせんやった。あんときはもう天国に行きよらしたっちゃなかろうか。まあ、善人とはいわんばってん、悪かこともしとらんけん天国でっしゃろたい」
奥さまはなかなか強烈な訛りで答えてくれた。
ただ、以前に男性刑事が話してくれた経緯とほぼ同じだ。私はあらぬ疑いを持たれることを恐れて整体院の話題を出すまいと考えていた。しかしこれでは埒が明かない。真相を暴くには新たな情報が必要だ。
えーい、こうなりゃ気になったことを片っ端から確かめてやる。
「整体サロン・ツンノーテの真山です。大造さんに施術させていただいたとき、何度も『のさん、のさん』とつぶやかれてました。何のことかご存じですか?」
奥さまは一瞬考えてから吹き出した。
「アーハハハ、わからんよねぇ、『のさん』やら言われても。きついときや、めんどくさいときに『のさん』ていうとたい。ダンナは鹿児島出身でねぇ、うちは佐賀出身やろ。かごんま弁はようわからんけん使ってくれるなてお願いしたら、ホントにやめてくれたと。優しかとこがあるとよ。そしたらあーた、うちが佐賀も『のさん』を使うって教えたら喜んでくさ。口癖のごと『のさん、のさんど』ってつぶやくようにならしたと」
奥さまは佐賀出身なのか。だから福岡の訛りに近いのだろう。
「整体に来られたときもずいぶんお疲れのようでした。だから『のさん、のさんど』って訴えられてたんですね。大造さんはいつまで鹿児島にいらしたのですか」
「あの人は鹿児島で農業ばしよったと。うちが卒業記念で鹿児島旅行したときに知り合ってからくさ、まさか農家の嫁になるやら思いもせんやった。わがは長年せっせと畑を耕したとにねえ、子どもたちに農家を継がせることもなく、二人暮らしになったら農家をやめるて宣言してからくさ。3年前に福岡で庭付きの家を探して引っ越したとよ・・・・・・ちょっと見てやらんね」
奥さまは話しながら私たちを手招きして玄関から庭に出た。
家屋の倍はありそうな広い庭だが、池や石灯籠があるわけではなく、花壇や畑として使っているらしい。
「わーっ、ピンクのチューリップがきれい~、この小さな青いお花もカワイイ」
「そりゃワスレナグサたい。チューリップと一緒に植えたら相性がよかろう」
筬島さんが乙女のように目を輝かせるので奥さまも嬉しそうだ。
私はそれよりも何が植えられているかわからない殺風景な土地が気になった。
「こっちは畑ですか?ところどころに緑が芽吹いていますよね」
「キャッサバたい。畑はダンナに任せとったけんようわからんけど、去年の枝をとっといて春前に挿し木しよったごたる。それが葉をつけたとやろう」
「キャッサバってたしかタピオカの原料ですよね。大造さんはタピオカがお好きだったんですか?」
「そげなしゃれたもんじゃなかと。芋を引っこ抜いてから茹でて食べるだけたい。皮ば剥いて水に浸けたりして毒抜きせなならんけんめんどくさかばってん、じゃがバターみたいにして食べたらおいしかよ」
「毒があるんですね。知りませんでした」
私がそう返すと、横にいた筬島さんが無言で首を振りさらに目で制してきた。どうやら彼女の中で「毒」がひっかかったらしい。今はそれ以上詮索するなということだろう。
でも私は「毒」から別のことを思い出していた。大造さんが問診アンケートに答えていた「ビタミン剤みたいなやつ」のことだ。
「キャッサバは秋にならんとでけん。そっちのトマトは食べ頃ばい、もって帰るとよか。どら袋に入れちゃろうたい」
奥さまが再び家に入って行くのを追いかけながら聞いてみた。
「大造さんはビタミン剤とかサプリメントを飲まれてましたよね」
「ああ、なんか『のさん、のさん』いうてから、よう飲みよらした。そこん棚の上になかかね」
奥さまはトマトを入れる袋を選ぶのに忙しそうなので、私は勝手に棚の上を見せてもらう。
「これって?なんでここにあるの!」
見覚えのあるサプリメントを思わず手に取った。
白いプラスチック製容器に『MVクラス超AD』と黒い太文字でプリントされたオレンジのラベルが貼られている。かつてFBGで取り扱ったサプリメントに間違いない。
しかし含有成分に健康上の問題が発覚してすぐに販売を中止して現物を回収したと聞いている。ちなみにツンノーテでは仕入れていなかったため、現物を見たのはこれが初めてだ。
私はなりふりかまわずそのサプリボトルを掴むと外に飛び出し、トマトをちぎっている奥さまめがけて駆け寄りながら叫んだ。
「これ!大造さんこれを飲まれてたんですか?」
「ああそれぇ、毎日んごと飲みよりんしゃったよぉ」
彼女はあまりの勢いに目を丸くしながら答えた。
「どこで、どこで買われたかわかりますか?」
「正月に町内旅行で関西に行かしたと。男ばっかりやけんうちは行かんかったけど。そんときに買うてきたごたる。たしか大阪で整体してもろたときに勧められたて言いよらした」
なんでだろう、私はそこまで聞いて嫌な予感がした。
「大阪の何という整体院かわかりませんか?」
正月だからもう4か月ほど前になる。もし聞いたとしても覚えているだろうか。
案の定、奥さまは首を何度も捻って考え込む。
「なんかくさ、変わった名前やったとやんね。大阪だけにおもしろかねって思うたとよ」
「もしかして、ナニワ癒やしックス」
「そうそう!そんな名前やったばい」
ナニワ癒やしックス。
院長はあの犬丸だ。
深園が絡んでなければよいのだが。
私は呼吸法を使って何とか冷静さを保った。
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