ぶっちゃけ4歳児とのやり取りに毎日疲弊しがちな私が出会った本の話
4歳の息子とのやり取りは、大体思うようにいかない。
「おはよう、そろそろ起きてトイレ行こーー」
「………(目は開いているが無視)」
「おねしょせんかったん、かっこええやん。そのままトイレ行こうよ」
「………(目は開いているが無視)」
「一緒に行こ?」
「………(目は開いているが無視)」
「…朝ごはん、納豆かける?」
「………(目は開いているが無視)」
「………無視ばっかりするなら好きにしたらいいよ。かーちゃん先に洗濯してくるね」
「いーーやーーだーーー!!!!そんなこというならおこる!かーちゃんなんてきらい!!!!!!」
毎日5回くらいは、この手のやり取りをしている。
(そして、「もっと構って欲しかったん、ごめんね。でも無視されると悲しいから構って欲しいなら答えて」と伝える。が、明日も同じことが起きる)
なんでこんなに逐一つまずくのだろう。
なんでこんなに息子は頑なになるのだろう。
どこまで構えば息子は満たされるのだろう。
私はどうすれば息子と笑顔で会話できるんだろう。(食べ物で釣る以外の方法で)
はぁ。。。しんど。。。
「なんでなん?」が毎日頭を駆け巡り、息子と会話することが正直億劫になることすらある。申し訳ないけれど。
そんな話を児童館の先生にしたり、オンラインサロンでの会合で先輩ママにしたりする中で(残念ながら私にはほぼリアルタイムで会えるママ友がいない)、最近気になっている考え方がある。
「親は、自分が欲しかった親になっていくのかもしれない」ということ。
日々の朝ルーティン、保育園の準備、帰宅後寝るまでの準備など、息子が「はーい」と素直に応じてくれたらいいのにと思うことは多々ある。
でも、息子が本音を押し込めてでも私に従って欲しいのかと聞かれると、それは望んでいない。
「てことは自分が欲しかった親って、どんなんやろか。それが見えれば、息子の気持ちにももう少し寄り添えるのかもしれん」
そんなことをぐるぐると考える私が最近出会ったのが、この本だ。
息子とのやり取りに「しんど」となる自分を、なんとかしたい。
「ああ、だから息子はああいう頑なな態度になってしまうのか」と納得したい。
息子の気持ちと自分の気持ちを、ちゃんと考えられるようになりたい。
そんな思いで開いたこの本は、「こうすれば育児のいろいろなタスクがスムーズに進む!」というノウハウが書かれているわけではない。
でも、息子と自分の気持ちを知りたいと思う今の私にはぴったりな一冊だった。
読みながら何度も、「私が子どもなら、どうしてほしいだろう」と自分に問いかけていた。
読んでいく中で、印象に残ったフレーズがいくつもある。
・自分が子どもと同じ年齢のころに何をどう感じたか考えて過ごす時間は、子どもへの共感を育むうえで役に立つ
・子どもに対しては正直であるべきで、自分の気持ちをきちんと子どもに明かした方がいい
・大切なのは、子どもの感情を真剣に受け止め、何かを決めるときに考慮に入れること。否定したり気を逸らしたりするのではなく、ありのままに受け入れ、理解してなだめ、逃げたり距離を置いたりしないこと。
・自分を判定すべきでないのと同じように、子どものことも判定しない努力が必要
・判定して断ずるよりも、あなたが目にするものを表現し、高く評価する言葉を口にする方がずっといい
本書を読むと、「ああ、あの対応、自分が親にしてほしかったやつと違うやん」だらけだった。
例えば、息子が保育園に行きたくないといったとき。
これまで私は、息子の気持ちを前向きな方に切り替えることばかり考えていた。
でも、息子が欲しかったのはそんな声かけではない。気持ちに共感して欲しかったのだと思った。
そしてそれは、私も同じだった。
学生時代も、大人になってからも、母に「学校が嫌だ」「育休復帰が嫌だ」と(情けないけれど)こぼしたことが何度もある。
それに対して、母は大体こう返してきた。
「行ったら行ったで楽しいよ」
「それもそれで生活が充実するよ」
でも、そう言われたとて、私の気持ちが晴れることはなかった。
内心は『そうかもしれんけど、嫌やねん!!何言われても嫌やねん!!こっちの状況も知らずに!!』の一択である。
自分が欲しかったのは、共感だったのだと気づいた。
「確かにいろいろ面倒で嫌だよね」「憂鬱になるよね」
そんな言葉が欲しかった。嫌な気持ちになる自分を、認めてもらいたかったのだと思う。
息子を甘やかしたらいけないからと、共感の言葉を避けてきたのは、実は本意ではなかった。
「そんなん言ってないで、保育園行くで!!!」ときつく言いながらも、内心いつも、『わかる、嫌やんな、私でも嫌やわ』とつぶやいていたから。
本書を読みながら、これからは、「わかる、嫌やんな」の一言を、ちゃんと声に出したらいいのかなと思った。
そして、今朝。
また「きょうはほいくえんいかない。やすむ」が始まった。
(先週9連休をとっていたので、今週は息子の保育園モチベーションが特に下がり気味である)
「そうやんな、かーちゃんも幼稚園嫌いやった(笑)かーちゃんは友達とうまく話せなくて、お友達がおらんのが嫌やった。君はなんで嫌なん?」
私は洗濯物を干すのをやめて、ごろりと寝室で不貞腐れる息子の横に座り、ずっとあーだこーだと話しかけ続けた。
すると、最後に息子は言った。
「かーちゃんといもうとはいえにいるから」
そ、そうやんな。。。
俺も家でわがまま放題したいよな。。。
そこで、「行ったら行ったで楽しいやろし、家でできないこともできるし…」と気を逸らしていたのがこれまでの私である(もちろんそれでうまくいくならいいのだけれど)
でも今日は、(いいのかわからないけれど)ド正直に伝えた。
「妹はまだ走ったりしないし、お昼寝もするし、面倒見ててもかーちゃんは体力的に余裕があるねん。でも君は身体も動かしたいし、ずっと話しかけ続けてくるし、お昼寝しないし、文句も言うし、君のことは大好きやけど、ずっといもうとと二人面倒見るのはかーちゃんがしんどい。だから保育園に行ってほしい。」
(世の夏休みをお過ごし中のお子さんをお持ちの皆さん、改めて本当に頭が下がります)
結果、息子は登園してくれた。
ぽつりと「ほんとはいきたくない」とこぼしながら。
「甘えないの!!」と厳しい言葉をかけて、引きずって行かせるのがいい親なのだろうか。
「じゃあ休もうか」と応じて、自分の時間を子どもと過ごす時間にあてるのがいい親なのだろうか。
でも、私はそのどちらの対応をしても、モヤモヤする気がした。
共感はするけれど、保育園に行って欲しいと伝える。
それが、私なりに一番正直な対応だった。
「妹は家にいられるけれど、自分は保育園に行って欲しいと言われた」ことは、少なからず息子をしょんぼりさせたかもしれない。
確かに同じ立場なら保育園には行きたくない。でも親としては息子に保育園に行ってもらって、その間に仕事や家事をしたいと思ってしまう。
それが至らぬ母である、私なのだ。
親になると、どうしても理屈や合理性で乗り切りたいことがたくさん出てくる。
ごまかしたいこともたくさんある。
その方が時間も手間もかからない。
けれど、そこで対話を省略して、私は何度も息子とのやり取りを拗らせてきた。
ならば。
時間がかかるようでも、じっくり対話することが、息子にも私も結局一番本意なのではないか。
そして、幼い私も、様々なことを親と話したいと思っていたのではないだろうか。
本書を読んで、改めてそんなことを思った。
自分の気持ちを正直に言葉にすること。
息子の気持ちを考えて、ぴったりくる言葉を一緒に探すこと。
息子はその大切さや難しさ、楽しさを伝えるために、私たちのもとに来てくれたのかもしれない。
そう思うと、面倒くさすぎる息子とのやり取りも、興味深くなってくる。(そのときは必死でそんなことを考える余裕はなけれど)
最後に、本書のこの言葉を、私は信じたい。
育児の意味の1つは、自分のケアや敬意や関心が、私たちの親子関係に対する投資になるということ。ただし、ビジネスのように1日ごとに成果が出るわけではありません。それでもよく耳を傾け、子供からの影響を受け入れる習慣を身につければ、子育ては見返りのある仕事になるのです。
いつかこの言葉を実感できたとき、この試行錯誤の日々を尊く感じられるのかなと思っている。
