好かれる人は、自分を大切にしている人
「どうして、あの人は誰からも好かれるのだろう。」
職場や友人の中に、そんな人はいないでしょうか。
特別に話が上手というわけでもない。
いつも誰かを笑わせているわけでもない。
それでも、その人の周りには自然と人が集まります。
昔の私は、「明るい性格だからかな」「コミュニケーション能力が高いからかな」と思っていました。
でも、いろいろな人と出会い、いろいろな人を見てきて、最近は少し違う気がしています。
本当に人から好かれている人は、自分のことを大切にしている人なのではないでしょうか。
もちろん、自分勝手という意味ではありません。
自分の心や体を雑に扱わず、自分の機嫌を誰かに預けない人です。
疲れたら休み、嬉しいことがあれば素直に喜び、嫌なことには無理をしすぎない。
そんなふうに、自分と仲良く暮らしている人には、不思議な安心感があります。
一緒にいても気を遣いすぎなくていい。
相手の機嫌をうかがわなくていい。
だから、自然と人が集まってくるのです。
反対に、自分を犠牲にし続けている人は、最初は「いい人」に見えるかもしれません。
頼まれれば断れない。
期待に応えようと頑張りすぎる。
けれど、それが続くと心に余裕がなくなり、小さなことでイライラしたり、相手に見返りを求めてしまったりすることがあります。
私自身も、そんな時期がありました。
「もっと頑張れば認めてもらえる。」
「もっと優しくすれば好かれる。」
そう思っていた頃は、どこか苦しかったように思います。
でも、年齢を重ねるにつれて少しずつ考え方が変わりました。
誰かに好かれるために生きるより、自分が穏やかに暮らせることのほうが大切なのだと。
庭の草木を眺めたり、本を読んだり、季節の手仕事をしたり。
そんな何気ない時間が、自分の心を整えてくれるようになりました。
すると不思議なことに、人間関係まで楽になっていったのです。
禅には、「和顔愛語(わげんあいご)」という言葉があります。
穏やかな笑顔と思いやりのある言葉で人に接すること。
けれど、それは無理をして作るものではありません。
自分の心に余白があるからこそ、自然に生まれてくるものなのだと思います。
人から好かれようと頑張るより、自分を大切にしてみる。
自分をご機嫌にする時間を持つ。
その積み重ねが、穏やかな表情や優しい言葉となって、周りの人にも伝わっていくのでしょう。
好かれることは、追いかけるものではなく、あとから静かについてくるもの。
私は、そんなふうに思っています。

