電通・博報堂を辞めて「解放された」と語る人たちと、サイバーエージェントの違い
先日、元電通の野澤さんのnoteを読みました。53歳で組織人事的な役割から自分軸へシフトする過程での葛藤や気づきが率直に書かれていて、共感する部分が多かったです。
こうした「大企業を辞めて自分を取り戻した」という発信は、電通や博報堂出身者に比較的よく見られます。一方で、サイバーエージェント出身者に同じような「辞めて偉い」系の話が目立たないのはなぜでしょうか。
私の考えでは、サイバーエージェントがまだ「21世紀型の会社」としての文化を強く保っているからだと思います。藤田晋さんが築いた成果主義・スピード感・フラットな意思決定が根付いていて、入社時点で「自分軸」に近い人が集まりやすい。激務のイメージはあるものの、「大組織に縛られて消耗した」というドラマチックな脱出物語が生まれにくい構造になっているようです。
一方、伝統的な大手広告会社の場合、特に目立つ「辞めて語る人」は、会社という強力なブランドに守られていた中堅〜上位中堅層に多いように感じます。本当に業界の一線で結果を出し続け、影響力を持っていた人は、辞めても「辞めたこと自体」を熱く語る必要がありません。黙って次のステージで勝負し、実績で語る傾向が強い印象です。
つまり、「辞めて解放された」という物語が盛り上がりやすいかどうかは、その人が在籍中にどれだけ会社に依存していたかと、その会社の持つ『大企業病』の度合いによって変わってくる、ということではないでしょうか。
野澤さんのように、45〜50代で「このままではいけない」と自分に向き合う姿勢は、とても尊いと思います。ただ、それが電通・博報堂では比較的ドラマチックに語られやすい環境にある、という業界構造の話として興味深いな、と感じました。
参考、私が主催するAIBB Tokyoのキーノートを務めていただいた杉山恒太郎さん(ライトパブリシティ代表取締役社長、ACCクリエイターズ殿堂入り)や平井卓也さん(元デジタル大臣、衆議院議員)のように、本物の一線級の方々は、辞めた後も静かに次のフィールドで大きな価値を提供し続けています。大切なのは「辞めたかどうか」ではなく、その後、何を生み出し続けているかだと考えています。
PS
サイバーエージェントの幹部には若くて優秀な方々が多いなと感じていますが、彼らからエリート意識は微塵も感じたことはありません。
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