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巨人の肩

『巨人の肩に立つ』
という表現がある。

ニュートンが手紙の中で使ったことから有名になった比喩だ。過去の研究者たちを巨人にたとえて、その肩に乗っているから遠くが見通せて、新しい発見ができた。そんな意味になるだろう。
多くの先人たちが研究を積み重ねてきたからこそ、自分の発見があるのだ、そんな感じで謙遜と感謝を手紙の中に表現したという。

これは自然科学の研究分野だけではない。

そもそも私たちの豊かな文明社会は、多くの人々の研究から成り立っている。電車だって、スマートフォンだって、蛇口を捻ると水が出るのだって、全てが過去からの贈り物なのだ。感謝を忘れてはならないし、私たちはそれぞれができる範囲で未来へ何かを残さなければならないのではないか。

あまりに素敵な比喩なので、僕にはまったく似合わない、立派なことを考えたりしてしまう。

だがちょっと待って欲しい。
何か違和感を感じなかっただろうか。
この比喩には、明らかに奇妙な点がひとつある。

もう一度、じっくり文章を読んでみたい。
『巨人の肩の上に立つ』

どうだろうか、巨人をイメージしてみてほしい。進撃の巨人みたいなやつで構わない。
その肩に普通サイズのニンゲンが立っているのをイメージする。

巨人は大きいから、その頭部はニンゲンの背丈よりも大きい。するとどうだろうか、ニンゲンの目線よりも巨人の目の方が上にあることになる。

どう考えても巨人の目線の方が遠くが見通せてしまう。巨人は遠くまで見通せていたのに、何故か自分の方が新しい発見をしちゃいました〜(てへぺろ)。みたいなことになったりはしないだろうか。巨人さん、あんなに遠くが見えてたのにねえ。みたいな。

皮肉?これは皮肉だったの?先人に対する、強烈な皮肉?我が強くないと偉大な研究者にはなれない、なんてことを聞くことがあるけど、これもそういうこと?

決めつけるのはよくない。
もう少し落ち着いて考えてみたい。
絵を描いて考えた方がわかりやすいかもしれない。

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