今井くんの親って、どんな親なん?
僕がちょっと変わっている、というか、普通の人から見たらかなりおかしいせいか😅、「今井くんの親って、どんな親なん?」とよく聞かれます。
なので今回はその話です。
両親について
父は食品関係のサラリーマン。母は教員。二人とも働いていたので、小さい頃は、祖母(父方)と伯母(母の姉)に育ててもらった感じです。ちなみに僕は、「母方の実家が魚屋」とよく言ってますが、その詳細についてはこちらをご覧ください。
両親の話に戻りますが、もともとは父、母、僕の3人家族でした。
ところが、僕が5歳の時に父方の祖父が亡くなり、祖母と一緒に暮らすことになりました。こうして、僕の家は途中から4人家族になりました。
父はとにかくテンションの高い人でした。そして、誰とでも喋る。家族や知り合いはもちろんですが、道を歩いていて、たまたま出会った知らない人とも普通に喋ります。そして仲良くなって、下手したら一時間とか喋ったりしていました。
「なんで、今この人に話しかけたん?」
と思うことも、子どもの頃には結構ありました。
でも、父にとっては、それが特別なことではなかったんでしょうね。
人と会ったら喋る。ただ、それだけ。僕が家にいない時に遊びにきた僕の同級生と喋り、二時間後に僕が帰宅したら、父と同級生が盛り上がっていた、みたいなこともありました。
一方、母はというと、父とはまた違った意味で、ちょっと変わった人でした。父は機嫌の起伏が激しいのですが、母は常に上機嫌な人でした。怒られたことは山ほどありますが、「なんか分からんけど機嫌が悪い」みたいなことは全くなかったと思います。
あとはとにかく文章を書くのがうまい。小学校の教員だったので、「学級だより」のようなものをよく作っていましたが、めちゃくちゃ楽しそうに書いてました。また、新聞や雑誌にエッセイ的な文章を投稿して、それが、よく掲載されたりしていました。僕ももちろん読んだことがありますが、テーマ選びとか展開とか伏線の回収とかがめちゃくちゃ上手かったです。
あと、詳細を書いたら怒られそうなので詳しくは書きませんが、母は神戸のちょっと荒い地域(?)の出身でしたので、本人や周りの人も割と荒かったです😅。
祖母について
次は祖母の話です。一緒に暮らしていた祖母は、明治生まれでした。今思うと、思想もそこそこ偏っている人でしたが😅、それは生まれ育った時代がそうだったので仕方ないかと思います。終戦の時に30代半ばだった人なので、今の価値観では測れないですし。
この祖母は、とにかく本が好きでした。部屋にはめちゃくちゃたくさんの文庫本があり、よく古本屋で本を買ってきては読んでいました。
また、母親が働いていたこともあり、日々の食事は祖母が作ってくれていました。なので、ハンバーグとかスパゲティではなく、鳥肝の生姜煮とか魚のあら炊きとかが献立の中心でした。僕は牛肉が10歳くらいまで食べられなかったのですが、これは食べられないというよりも、食べたことがないという感じでした。
めちゃくちゃ可愛がってくれましたし、僕も祖母が大好きで、基本的にずっと祖母の部屋で一緒に時代劇とかを見ていました。また、寝るのも祖母の部屋で、同じ家に住んでいるのに両親に会わない日もあったくらいでした。
伯母について
そして、もう一人が母の姉である伯母です。
伯母は元々は栄養士をしていましたが、途中からは専業主婦になっていました。祖母に用事がある時や旅行に行く時などに、伯母の家にもよく預けられていました。この伯母が、なかなか面白い人でした。一言でいうと、「経験できることは、なんでもやれ」というタイプ。「これは危ないからやめとき」とか「そんなことして何になるの?」というより、「やってみたいんやったら、やったらええやん」という人でした。それがよく分かるのが、大学生の頃です。僕が「野宿しながらバイクで日本一周する」と言い出したことがありました。今考えると、なかなかアホなことを言っていますが、普通なら、
「危ないからやめとき」
とか、
「大学生なんやから、もっと他にすることあるやろ」
となりそうなところですが、伯母は違いました。
「やりたいんやったら、今のうちにやっとけ」
と言って、むしろ背中を押してくれました。結局、僕は本当に野宿をしながらバイクで日本一周をしました。伯母は「失敗してもええから、自分で経験してみることが大事」ということを教えてくれた人なんやと思います。
そして、僕はこうなった
そんな父と母と祖母と伯母に囲まれて、僕は育ちました。
今書いていてびっくりしたのですが、僕はこの四人からめちゃくちゃ影響を受けていますね😅。
父からは、知らない人と喋ることの面白さ。
母からは、言葉で何かを伝えることの奥深さ。
祖母からは、本を読むことの楽しさ。
伯母からは、やりたいと思ったことをやってみる大切さ。
振り返ってみると、今の僕がやっていることって、子どもの頃から身近にいた四人の、それぞれの部分を少しずつ受け継いだものなのかもしれません。そして、今の僕の仕事につながるのは、実は伯母の旦那さんの影響がめちゃくちゃあるんです。長くなるのでこの話はまた別の機会に。
