相談される側になってから、相談できなくなった。
「今さら、こんなことを聞いたら、馬鹿にされるかもしれない」
管理職になってから、そう考えて飲み込む言葉が増えた。
部下や後輩から、仕事や人間関係について声をかけられる。1on1では、相手が考えを整理できるように話を聞く。
頼ってもらえるのはありがたい。わたしも、安心して話せる時間にしたいと思って向き合っている。
その一方で、自分の悩みを誰に話せばよいのか、今も迷うことがある。
部下には、余計な不安を抱かせたくない。人に関することなら、口にできる範囲も限られる。
上司に話そうとしても、「部下の悪口に聞こえないだろうか」と迷う。基本的なことほど、管理職なのに今さら聞くのかと思われそうで、言葉が止まる。
家庭へ持ち帰っても、職場の事情を最初から説明しなければ伝わらない。
結局、「まあ、大丈夫」と済ませ、一人で考える時間が増えていく。
現場で仕事をしていた頃は、分からないことがあれば周囲に聞けた。問題が起きれば、原因を探し、手順を見直す。
けれど、管理職になってから向き合う悩みには、一つの正解がない。
業務の数字、上司から求められること、部下の置かれている状況。どれか一つだけなら決められても、すべてを並べると簡単ではない。
自分の判断が誰かの働き方を左右すると思うと、軽い気持ちでは口にできない。
正しいかどうかだけでなく、その判断を受け取る人の気持ちまで考える。決めること以上に、その後まで背負う重さがある。
部下への伝え方は、あれでよかったのか。
任せて待つべきか、今は助けに入るべきか。
相手を思って選んだ言葉が、本当にその人のためになっていたのか。
考えるほど、起きた事実と自分の感情、「管理職ならこうするべき」が混ざっていく。その中で、わたし自身がどうしたいのかだけが見えなくなる。
それでも、答えを出すのが自分の役目だと思い、さらに考え続ける。
仕事を終えて車を走らせても、「あの言い方でよかったのか」と昼間の会話を思い返す。
相手の悩みを受け止めたはずなのに、いつの間にか、その重さまで持ち帰っている。
相談される回数が増える一方、わたしは相談することから少しずつ遠ざかる。
そこで、自分が求めていたものが見えてきた。
「まだ考えがまとまっていません」
「どうすればいいかを聞きたいのではなく、少し話したいです」
そんな状態のままでも、言葉を置ける場所がほしい。
人に話すと、頭の中で一つになっていたものが、少しずつ分かれていく。
実際に起きていること。
自分が苦しいと感じていること。
立場上、やらなければならないこと。
その中で、本当はどうしたいのか。
声に出すうち、次に考えることが一つに絞られる日もある。
管理職になっても、迷いがなくなるわけではない。
誰かの前で支える側にいるからこそ、自分にも肩書きを下ろす時間がいる。
その余白が、また部下の言葉を急がずに聞く力になる。
