【読書】『日本沈没第二部』 小松左京+谷甲州 著 小学館文庫 2008年
『日本沈没(第一部)』は小学校か中学校の時に読んでから何回読み返したことか。おそらくSFというジャンルではなく、自然が相手の壮大な物語である。小松左京は、例えば第一部だと地球物理、第二部では気象、両部を通じて政治、国際関係などの分野の専門家をブレーンとして限りなく正しい世界を追求する。しかし、物語を語るのは登場人物である。小松左京のことを人を描くのがうまい、という文を読んだことがある。だから、細かい点が分からなくても小学生が読み通すことができたのであろう。
ただ、本書(第二部)は読んだことがなかった。
あれだけ一部を繰り返し読んだのだから、読んでもおかしくないはずだが、何となく一部を超える作品にはならないだろう、と思っていた。
本書が単行本で出版されたのが2006年。ちょうど20年経って手に取ってみようと思った。
きっかけは二ヶ月に一回開催されている小さな読書会で本書が紹介されたからだ。
毎回お題があるが、今回は『New World』だった。このお題に対して『日本沈没第二部』が紹介されたのだ。
第一部は日本が沈没するまでの話。第二部はその後の日本人の話である。
僕は日本人は集落を日本人村を作っても何代もそのコミュニティを維持する、例えば華僑のような世界は作れず、何代かすると現地に同化して消えていくことが多いと思う。
それが、宗教をはじめ、何でも受け入れている(ようにみえる)日本人はそうなるのが運命だと思っていた。
ところが、25年たった世界で日本人は逞しく生きていた。
本書のテーマは国土を無くした日本人が「日本にこだわって生きるのか」それとも「コスモポリタン」となるのか、という点だ。この点では、最近よく読んできた「井筒俊彦先生」や「鈴木大拙」といった人たちのことを思い出す。彼らは年を重ねて長年生活してきた「西洋」と比較した「東洋」とは何かを書いた。特に「井筒先生」は東洋の意識と西洋の生活をする日本人が「西洋と東洋」の融和からくる平和を唱えるべきだと言っていると思う。本書でも同じ思想が語られている。
本書が刊行されて20年。
ちょど良い時に読んだ感じがする。
