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京都の禅寺。庭を通して自分を知るとは思わなかった

京都の禅寺を巡る旅。東福寺と建仁寺へ。
家族で同じ景色を見ていても、心に映るものはそれぞれ異なっていました。

寺が続くことに少し飽きてきた様子の息子に、ここは昔の武士たちが本番で動じない心を整えるために通っていた場所なのかもしれないよ、と伝えてみました。
座禅や掃除といった営みも、今でいうトレーニングのようなものだったのではないか、と。
すると、息子は興味を持ったようでした。
「合気道の時間みたいな感じ?」と。
娘はその横で、床をじっと見つめていました。

寺を出たあと、娘は東福寺の床は板一枚の幅が短く、建仁寺の方はもっとしっかりしていた、と教えてくれました。

私はまったく気づいていませんでした。
後で資料や建築の記録を調べてみると、建仁寺の方丈は四百年以上前の巨木から切り出された材が使われているとも言われており、東福寺は火災や災害を経ながら再建と修復を重ねてきた建物であることを知りました。
資源が限られていた時代にいかに美しく見せるかという工夫が、東福寺のあの板の幅に現れていたのかもしれません。
子どもの視点から気付かされました。

子どもと建仁寺の天井に描かれた龍を見て、細かな違いを探し、東福寺の三門を見上げてはその大きさに圧倒され。

建仁寺の双龍図(2002年に建仁寺開創800年を記念して描かれたもの)
東福寺の三門(1425年完成。国宝にも指定されている、日本最古の三門)

禅という言葉自体の理解は難しくても、心の濁りを静める時間としてなら、子どもたちなりに感じられたように見えました。

そんな中で、家族の見方がはっきりと分かれたのが東福寺の北庭でした。
石板と苔が市松模様に配置された庭。重森三玲による作庭の当初は白砂と石板で構成されていました。それが歳月を経て、京都の気候や管理の過程で苔が広がり、今の姿へと変化してきたのだそうです。

子どもたちもじっくりと眺めていました。

夫はその構成の見事さに目を向けていました。
私は違う印象を受けていました。
何だか情報が多い気がする、という感覚でした。

自分でも意外でした。格子という強い形式が前面に出ているためか、作為を強く意識してしまう。技術の高さは想像するのに、何だか落ち着かない。

庭は、主役を引き立てるための引き算の表現であってほしい。そうしたものに惹かれている自分に、ここで初めて気づきました。

武道においても、初めは大きな動きから、やがて研ぎ澄まされた動きへと収束していく。どこか武道と通じる自分の感覚を知りました。

強く印象に残っているのは、去年訪れた龍安寺の石庭。そこには分かりやすい構成も説明もなく、ただ石が置かれているだけで、答えが与えられていませんでした。それでも不思議と心が落ち着きます。
あの空間に立った時の感覚が、今も残っています。

今回の旅を通して、庭を見ることで、自分が何に心地よさを感じるのかが少し見えた気がしました。

夫は新しい表現に惹かれ、娘は細部の違いに気づき、息子は身体的な意味として捉える。
正解はなく、それぞれの見方でした。

同じ景色であっても、感じるものは異なる。
その違いがとても興味深く感じられました。

帰りに立ち寄った陶芸体験で
私はとても素朴な形を作ったのだけれど、
子供の作品の方が何だかいいなと思いました。
これもまた不思議です。

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