イン・ザ・メガチャーチ 推し活という宗教
『イン・ザ・メガチャーチ』
というタイトルを見たとき、言葉の響きから、てっきり宗教をテーマにした話だと思っていた。
「神がいないこの国で人を操るには、“物語”を使うのが一番いいんですよ」
中村文則の「教団X」みたいな話かなと思いながら、話題性もあり平積みされていた金の箔押しがされたような綺麗な表紙の本を買った。
これは「推し活」の物語。
しかもただの推し活賛歌ではない。
・推し活をしている者
・推し活を始めたばかりの者
・推し活を仕掛ける者
という3つの視点が交互に展開され、同じ「推す」という行為が立場によってまったく違う顔を見せてくる構成になっている。
この3視点構成がとにかく巧妙で、読んでいるうちに自分がどの立場にも心当たりがあることに気づかされる。
推し活の「メリット」と「デメリット」を、きれいごとで終わらせずグロテスクに、まざまざと言語化してくる筆致は、さすが朝井リョウという他ない。
本の帯にQRコードが特典として付いており、そこから飛べるBehindムービーも良かった。本編のヒリついた空気からは想像もつかないくらいユルい雰囲気で、思わず笑ってしまった。
このギャップも含めて楽しめる一冊。
続きはネタバレを含むので、興味のある方だけどうぞ。
「推し活」
最近よく聞く言葉だが、朝井リョウはこの小説の制作を4〜5年前から開始していたというので、時代の流れを汲み取る力もすごいが
先見の明もすごい。
昔の日本では、飢饉や大火事などの災害があると大仏を建てて、阿弥陀如来に縋って国家の安泰や人々の平穏を祈ったりしたそうだが、
今大雨が降ったり地震が起きても大仏を建てようというような信仰はない。
でも人間の信仰心は無くなったというわけではないので、アイドルとかアニメのキャラクターを推すという行為で心の拠り所を作っているんだろう。
「物語への没入というのは、手っ取り早く我を忘れるために有効な手段の一つなんですよね」
物語、バックボーンがその人の魅力を増幅させる。
最近だと熱闘甲子園。
試合ごとに選手のエピソードをピックアップして、流してから試合のハイライトに入る。
亡くなった祖母の思いも込めて、とか
小学校からの同級生が夢を叶えて甲子園の舞台に、とか
エピソードを頭に入れてハイライトを見るとやはりそっちの学校、選手を応援してしまう。
人を動かすのは、広い視野を以って立証された完全無欠の正しさではない。狭い視野を隙間なく埋め尽くす、あらゆる正誤を撥ね除ける強度の思い込みだ。
推し活を仕掛ける側の立場で、よりファンダム経済を回すには、
「いかにファンに視野狭窄を起こさせられるか。」
が大事だそう。
私が好きなバンドのライブに行って、
グッズ物販にタオルやキーホルダーがあるとして
タオルなんてライブ中の汗拭きや、終演後メンバーとの写真撮影があったときに少しでも目立てるようにとかの目的でつい買ってしまう。
たとえ値段が2,000〜3,000円でも。
立派な視野狭窄だと思う。
ライブが終わったらトイレの手拭きになるくらいしかないのに。
どこかの記事で見たことがあるんだが、
バンドやアーティストが会場を押さえてライブだけをしても大した収益にはならないらしい。
そこで収益の鍵を握るのが、物販。
だから、アンコールの幕間に
「メンバープロデュースのシャツ、買ってください!」
と宣伝をするのだ。
普段の街中で、「シャツを買ってください!」と知らない人が売っていても、まあ買わないと思う。
でもライブ会場に来ている人たちは、もう十分に視野狭窄しているので、シャツ、タオルなどのグッズにお金を溶かす。
私も度々溶かしている側で、それをもったいないとは思っていない。
そんなWin-Winの関係でファンダム経済は回っていく。
短く切られた髪の毛は、どんな流行も寄せ付けなければ、春の風にも乱されない。
強調されていない、パワーワードとしておそらく置いていない文章でも、サラッとオシャレな文が散りばめられているのも、400ページを超えても飽きずに読んでいられるのが朝井リョウの本が大衆にウケている要因だと思っている。
いちいち、オシャレ。

