唐揚げにはレモンをかけるという正解があるのに

暑い。
暑いという言葉を封印しないと、「暑い」と200回書いて日記を終了してしまいそうだ。

最近はサクレのレモンに夢中で、毎日しゃりしゃりと食べている。
レモンスライスは少し苦味があるので、スプーンで切って口に含み、シャーベットの甘さを足しながら食べるのが好きだ。

わたしは何につけてもレモン味が好きで、唐揚げにレモン是非論争を「レモンをかけるという正解がある問題で、なぜ争う必要があるのか」と不思議に思いながら眺めている人間だ。

「瀬戸内レモン」と書いてあれば、すぐに買いたくなる。
実際に見たことはないが、瀬戸内海沿岸の青い海、緩やかな斜面に並ぶレモンの木、爽やかに吹くレモンが香る風を想像する。文字情報だけで、わたしの頭の中にはすでに都合の良い桃……いやさ、レモ源郷が完成している。


このようにブランドのもたらす効果は大きい。
九条ねぎ、あきたこまち、神戸牛、明石だこ、紀州南高梅、宇治抹茶、利尻昆布。
もちろん秀でた点があるから特産品になっているのだが、品質以前に称号のようなものになんとなく良いイメージがある。

例えば、「湘南潮風熟成ベーコン」「横浜焙煎コーヒー」「横須賀軍港ポテト」「相模湾の海洋ミネラル使用」

今適当に作ったが、こんな風に書いてあると、なにか品質の良さそうなものに見えてしまうものだ。
我々は何かを選ぶとき、実質的な品質だけではなく印象に大きく左右されている。


それで思い出すのが、「三元豚」だ。
「とんかつ」と「三元豚のロースかつ」だったら、後者の方が質が良さそうに見える。

しかし、三元豚というのはブランド名ではなく、三種類の豚を掛け合わせる交配方法を指す。これは広く取り入れられている交配方法で、日本で流通している豚肉はそもそも三元豚が多い。
ロースは、言うまでもなく単なる部位の話だ。ヒレカツと書いていない限り、その正体は大抵ロース肉だ。

つまり、「三元豚のロースかつ」は、「一般的な豚の、一般的な部位を使ったとんかつ」と言っていることになる。この看板に偽りはない。偽りはないが、どこか高級品のように錯覚してしまう。

まこと素晴らしい。言葉の持つ魔力を最大限に利用した好例だ。
そこで考えたのだが、わたしの文章もこんなふうに偽りなく、格調高きもののように宣伝できないだろうか。

「空蝉の懊悩筆遊び(うつせみの、おうのうふですさび)」……空蝉(現世の人間)が、悩みながら、ただ己の慰みのために文章を書いている。

「衆生、無常にて主張あり(しゅじょう、むじょうにてしゅちょうあり)」……生きるもの(衆生)であるわたしは、移り変わりゆく存在(無常)でありながらも、己の主張を抱いている。

「魂の隨に垣間見(たましいのまにまにかいまみ)」……自分の魂(本音や精神)の赴くままに、この世や物事をそっとのぞき見る。

ご覧あれ。見事に失敗だ。
何歳になっても、難しい言葉が一番格好いいと思っているわたしの悪癖がまろび出た。

「三元豚のロースかつ」のシンプルな完成度の高さの前に、自分の言葉選びの嗜好を反省せざるを得ない。





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