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1.どうしてロンメルとヒトラーは何故仲が悪くなったの?

投げ銭せい:2240文字

要約ダイジェスト

ヒトラー暗殺計画だったのに、ヒトラーの運が良すぎて失敗に終わったワルキューレ作戦とは?

1944年7月20日に実行された「ヒトラー暗殺計画だったのに、ヒトラーの運が良すぎて失敗に終わった」ヴァルキューレ作戦はヒトラー自身が承認した公式の緊急計画でした。これを抵抗派が密かに改変して「ヒトラー暗殺後のクーデター計画」に転用したのが実態です。

ちょうど当日、ムッソリーニが来るというので、1時開始予定の軍事会議が30分繰り上がって12時30分になった。それで助かったらしい。

◉主にシュタウフェンベルク大佐らが主導しました。

◉シュタウフェンベルク大佐は信仰深いカトリック教徒だった。ユダヤ人たちはナチスに対抗し、ドイツ人のキリスト教の洗脳を煽っていた。道徳再武装という邪悪な宗教が暗躍している。

クライザウサークル

⭕️ユダヤの洗脳を解くにはナチズム。
⭕️ユダヤの再洗脳にはキリスト教。

クリスチャンはその信仰からユダヤ人の手下になってしまう。ユダヤの最大の武器はキリスト教で、ナザレのイエスです。ユダヤ人は自分達の悪行を餌にしても、白人たちにイエスの崇拝を守らせたい。

◉戦後は、チスドイツが解除・解毒していたキリスト教への再洗脳のためにドイツキリスト教民主同盟が出来る・・。


◉ロンメル将軍の家系はプロテスタントだが信仰深いクリスチャンとは言えない。だからまた違う理由。

ロンメル将軍の反ユダヤ度はたいしたことがない。

  • 当時のドイツ主流の「ユダヤ人は国家に忠誠を尽くさない」という見識はあった。

  • ヒトラーがベルサイユ条約を反故にしてくれたことには感謝していた。

  • しかし、ナチスのユダヤ人種理論自体は「ばかげている」と見ていた

ヒトラーの指示、特に戦争後半の1944年のノルマンディー以降のジリ貧の消耗戦の戦況で、ヒトラーやドイツ中央に対して「このままでは勝てない」と強く批判し、和平交渉を急ぐべきと進言していた。

このロンメルの意見はわかるが。

なんと!ロンメルはこの戦争の意味が解ってなかったんだ・・・(;´Д`A

ナチスの人種理論は完全に正しいのだ・・。
これだけはユダヤ人は気づかれたく無い。全力プロパガンダであらゆる方向から騙している。


ヒトラーのコマンドーオーダーについて

本当か否か?

ヒトラーは人を殺すのが嫌いな性格だ。ユダヤ人でさえ殺さず追い出しただけだ。強制収容所でも当時のドイツ国民より良い暮らしをさせていた。

最初、ドイツは戦争に勝っていた。イギリス軍を全滅させず、もう帰りなさいだ。イギリス本土に侵攻していたら勝てた。

ドイツ人だろうがイギリス人だろうがもうこれ以上死体は見たくない!と述べて。ドイツの主権さえ認めてくれるだけで良いと、勝っていた時期に戦争の終了を申し込んだ。それを頑としてハネたのはチャーチルだ。

イギリスとドイツではイギリスは勝てない。ユダヤ人たちはアメリカを参戦させる必要があったが、国民も議会も反対だ。そのためドイツの同盟国である日本に真珠湾攻撃をさせる必要があった。

アメリカは恵まれた国土で、やれば戦争が出鱈目に強いのはユダヤ人たちは分かっていた。


ブリティッシュ・コマンドスはあったの否か?
あったとすると、

ブリティッシュ・コマンドスはユダヤ人・ウィンストン・チャーチル首相の命令によって編成された軍隊。

ヒトラー:いわゆる特殊部隊の隊員は特に残虐かつ卑劣な行為を行い、自国の犯罪者だけでなく占領地の元受刑者も徴募していることが明らかになっている。

シベリア出兵。アメリカ軍も来ていたが、実は邪魔しに来てたんだ。このアメリカ軍の軍人の半分はユダヤ人、思い出してしまうな。


チャーチルはロンメル将軍を「偉大な将軍」と公に称賛しています。

  • 1942年1月27日、イギリス庶民院での演説(北アフリカ戦線でロンメルが優勢だった時期):

    1. 「我々には非常に大胆で巧みな敵が対峙している。そして、戦争の惨禍を越えて言わせてもらえば、**偉大な将軍(a great General)**だ。」

この発言は、当時のイギリス国内で北アフリカでの敗北続きを説明するための政治的発言でもありました。チャーチルは「敵ながらあっぱれ」と、国民の士気を保つために使いました。

チャーチルは、ロンメルがヒトラーを憎み暗殺計画に関わったことを評価していますが、それも戦後の知識です。


戦後西側が、多くの映画でロンメルの宣伝をした理由。

戦後、特に1950年代のアメリカ・イギリスでロンメル将軍を英雄的に描いた映画がたくさん作られたのは政治的・軍事的な必要性から宣伝された

主な理由:冷戦下の「西ドイツ再軍備」と「旧敵との和解」

  • 1950年の朝鮮戦争勃発で、米英は「ソ連(共産圏)に対抗するため、西ドイツを西側陣営に引き込み、再軍備する必要に迫られました。1955年に西ドイツはNATOに正式加盟しますが、そのためには「ナチスドイツのイメージ」を払拭し、西ドイツ軍(ブンデスヴェーア)を信頼できる味方として国民に受け入れさせる必要がありました。

  • そこでロンメルは理想的な「良いドイツ人」の象徴として利用されたのです。

    • 「ヒトラーと距離を置き、反ナチス抵抗派だった」

    • 「清廉で名誉ある戦争を戦ったプロの軍人」

    • 「連合軍からも敬意を払われた敵将」

  • これにより、「ドイツ軍=全員がナチス犯罪者ではない」というイメージを西側の人々に植え付け、西ドイツ再軍備をスムーズに進め、英米との和解を促進したのです。

本編

おわり

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