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VIVANTから禅を語ってみると・・・

先月末から大人気ドラマVIVANTの続編が放映され始め毎週楽しみにみております。

前作が放映されたのは2023年で私自身は東京有明医療大学にて研修中で、精神科医の太田先生を引っ張り出して禅の出前講義を始めた頃でした。

太田先生の講義の後に、聴講してくれた学生さんたちがちょっとでも禅に興味をもってもらえるよう駄文を書いたこと思い出しました。

いまさら恥ずかしいのですがご紹介してみることにします。
コメントご感想いただけますと嬉しいです。



禅の修行について(解説版)

2023.10.01 記


この度は太田東吾先生の講義をご聴講いただき誠にありがとうございました。

「坐禅の話」と思いきや,政治の話になったり,脳神経学の話になったりと,どこが「禅」なの???とぼう然とした方もいらっしゃるのではないかと思います。

私も10年ほど前に、初めて太田先生の講義を聞いたとき同じような??がたくさん頭に浮かびましたので、皆さんの気持ちよくわかります。

10年もの間,毎月毎月あのようなトンチンカンは話を聞いてきましたが,最近になってなんだかとても大切なものがこのトンチンカンな話の中にあるような気がしてきました。  

そうなると不思議なもので,なんとなくなんですが太田先生が言いたいこと,次世代に伝えたいと思っていることが少しずつわかってくるような気がしてきました。

弟子の私が補足するのもおこがましい話ではありますが,私なりの解釈で少しだけ解説させていただきます。

よろしければもうちょっとだけお付き合いください。



最近話題になったドラマ「VIVANT」

皆さんはご覧になったでしょうか?

映画なみの予算や,有名豪華な配役などが話題になっただけでなくドラマの謎解きや,今後の展開を視聴者がネット上で話し始めるなど今までにない反響で,ちょっとした社会現象にまでなりました。

私も初回から見てましたが,中でも興味深かったのは主人公が二人の人格として描かれていたことです。

乃木役の堺雅人さんが画面に二人映っており,ドラマ上では主人公とその分身「F」が対話したり,救われたりするという不思議な設定でありました。

ご覧になってない方にもう少しだけ解説すると,心配性な乃木が弱気になったりすると,もう一人の乃木であるFが出てきて,冷静な判断をして主人公を励まし導いていくって感じでしょうか。

まぁ,普通に考えると「二重人格」の設定なのかなと思いますが,でもよくよく考えてみると自分にもこれと似たようなことがあった気がしてきます。

皆さんも大きな決断を迫られた時や,壁にぶち当たっていろんな思いが頭に一杯になったことありませんか?

そんな時にVIVANTに出てきた「F」のような分身がいてくれればと思う方もいらっしゃるのではないでしょうか。

私はこのドラマを見進めるうちに,このドラマの設定は,禅にも通じるのではないかと思うようになりました。

と言うのも私は坐禅を続けてきて「禅とはもう一人の自分と出会うこと」ことなのかもしれないなぁと感じ始めていたからです。
 
ご存じの方もいると思いますが,禅というのは仏教の一派として達磨大師だるまたいしから始まりました。

皆さんご存時の,あの赤く塗られた人形 だるまさん が初祖なんです。

「だるまさんが ころんだ」という遊びも,だるま落としというおもちゃも達磨大使がモデルとなっているんです。

その禅の教えで一番大切にされているものは

直指人心じきしにんしん 見性成仏けんしょうじょうぶつ


わかりやすく言うと
「真理というものは自分の心の外にあるのではなく,自分の心の中にあり,本当の自己をしっかりと見つめていくならば,仏陀ぶっだ(目を覚ました人)になれる」
ということです。(あんまりわかりやすくないですね。(^^ゞ)

禅はインドから中国に伝わり,ますます盛んになったのですが,中でも唐の臨済禅師りんざいぜんじは有名な禅の指導者でした。

臨済禅師が繰り返し言われたことは「自分のカラダの中には無位の真人がいる」ということです。

ここで言う「無位」とは無価値なものではなく,位を付けられないほどに尊いという意味です。

つまり臨済さんは「外に真理を求めてキョロキョロするのではなく,内なるもう一人の素晴らしい自分(仏)を見つけろ!」って言われたんだと思います。

禅の教えと,VIVANTの「F」


そして臨済禅師の「無位の真人」との共通性を学んだ後だと,今回お聞きいただいたトンチンカンな太田先生の講義もなんとなく話が見え始めてきます。

まず皆さんをおどかせた中核自己・自伝的自己からおさらいしてみましょう。

これを提唱したのはアントニオ・ダマシオというリスボン大学医学部卒のアメリカの神経学者です。

医者でもあるダマシオは神経科学を基盤とした身体,脳,心に関する刺激的な本を書いたのですが哲学者,学者だけでなく,世界中に非常に多くの人をひきつけたと知られています。

その代表的な著作『意識と自己』の中に中核自己・自伝的自己が出てきます。

今回,私がVIVANTから解説し始めたように,太田先生は禅修行がこのダマシオの概念を用いるとわかりやすく解説でき,そして修練の方法の基礎概念としても使えると思い立たれたわけです。

簡単に「中核自己」「自伝的自己」をおさらいすると・・・


・  中核自己 :民族にも国籍にも文化にも左右されない今,ここだけに生きる自分

・  自伝的自己:言語やイメージを操作し過去や未来を考える力によって作られた自分

もちろん人間として社会生活を営むのに「自伝的自己」が必須です。

というよりこの自伝的自己こそが人間が文明を作り,ここまでホモサピエンスが繁栄してきた原動力,そのものだと言えます。

しかしこの「自伝的自己」にも短所があります。

自伝的自己の短所とは「他の誰よりも早く危険(利得)を察知し,それを独り占めしようとしたり,このために常に周りが気になり,利得に目ざとく,嫉妬深く,自己顕示欲も強い」という一面です。

この短所のため人間社会はいつの時代も競争が起こり,いさかいが絶え間ない状態であり続けています。

一個人としても精神的には常に焦燥的であり,不安定な状態となりやすく,それは時代を追うごとに加速してきています。

本来,こうした自伝的自己の暴走にブレーキを掛けられるのは,「中核自己」なのですが,「自伝的自己」が盛んに働いているときは「中核自己」はその存在すら見えません。

それどころか、多くの人間は物心ついたときから「自伝的自己」だけが唯一無二の自分だと信じて疑わないのです。

この忘れ去られた「もうひとりの自分である」中核自己を再び認識しようというのが,太田先生がとても大切にされていることす。

太田先生はさらにこの中核自己を認識するだけでなく「味わい」「使いこなす」ことがもっと重要とされており,そのときに出てくるのがアントニオ・ダマシオいう「feeling(感情)」です。

皆さんが普通に使っている「感情」とはダマシオの定義では「情動」であり,ダマシオの「感情」というのは太田先生のお話では「カラダから生じた微細なfeeling」と定義されております。

今回の講義中に先生が紹介された赤ちゃんの頬に息を吹きかけるとニッコリするというのがこの「感情」の一番かかりやすい例えです。

そしてこの「感情」を手掛かりに,中核自己を再認識し,その長所を認識し,体得し,味わい,そして使いこなせるように修練していくことが太田メソッドであります。

このメソッドを習得していくうちに行き過ぎた自伝的自己の抑制ができるようになります。

つまり怒りのコントロール(アンガーマネージメント)や,不眠症(考えがやまずに眠つけない)の解消,不安からの脱却ができるようになるのです。

では具体的に太田ワークショップではどんなことが実習されているのでしょうか?


実際には坐禅をベースにしながら野口体操や東洋医学なども取り入れながら「発声」「歩行」「視覚」などしていくカラダを使った実習です。

なので我々はあえてワークショップという言葉を使っております。

講義の中ででてきた「平行視」「風の感覚」などもその代表的なもので,普段は認識しづらい中核自己の長所をカラダの感覚から生じた微細なfeeling「感情」に気づいていく実習が毎月なされております。

今回は時間の関係もあり講義だけしかご紹介できませんでしたが,カラダを使ったワークショップ形式の方がわかりやすかったのかも知れません。

太田メソッドは不思議です。

本当に何年しゃぶり続けても味が薄れないどころが濃くなっていく,するめのような魅力にあふれております。

なので数十年と坐禅修行してきた方が,太田メソッドに触れて驚き,はじめて坐禅が理解できたという方がいるくらい評価を得ていると思います。

文末に太田ワークショップの案内載せましたので体験したい方はぜひ千葉までお運びくださいませ。
会員一同こころよりお待ちしております。

最後になりますが,私からのメッセージとして一言を加えさせてください。


若い皆さんがこれから生きていくうちには苦境と感じる場面に出くわすことがあると思います。

人はどんなに努力していても,誠実であっても,苦しかったり,追い込まれたり,生きる力が弱くなる日さえ出てくるかもしれません。

禅が教えてくれるのはそんな時に「外に救いを求めず,自分の中にある素晴らしさを信じ,そして心身ともに調ととえることが大切だ」ということです。

そうすることで感情(ダマシオの言う情動)に振り回されることなく,思考を正しく働かせる知恵が徐々についてきます。

そして「よく調ととえられし己れ」は生涯の宝となり,幸せな人生の一番の道しるべとなってくれることでしょう。

VIVANTの「F」はドラマの上の架空のことかも知れません。

でも「禅」を通じて,もう一人の素敵な自分に気がついた時「F」は案外みぢかにいたのだと,そして誰にでもいるのだと思えるかもしれません。

「禅」 それは私が生涯の中で一番,惹かれそしていまだにわからない不思議なものです。

最後までお読みいただいたみなさんに心から感謝もうしあげます。
ありがとうございました。


 
この度は太田先生の講義,そして私の解説までお付き合いいただき感謝いたします。
話の中でひとつでも皆さんの参考になることがあればとても嬉しいです。
またいつか皆さんとお話しできる日,楽しみにしております。

2023/09/30 

東京有明医療大学 鍼灸学科三年生の皆さんへ
鍼灸センター研修生(12期) 山下祥司