笑い声は、まだ続いている(15)検索履歴|白石ほのかという名前を、凛が検索する夜
神戸で暮らす大学生・伊藤凛は、父がひそかにnoteを書いていることを知る。
何気なく始めた検索の先で見つけたのは、『写真の中の笑い声』という物語だった。
広島、神戸、そして「白石ほのか」という名前。これまで別々に見えていた家族の記憶が、少しずつ一本の線につながり始める第15話です。

下宿に、戻ってからも。
凛は、何度も、あの、喫茶店での、午後のことを、思い出していた。
悠が、言いかけて、止めた、あの、顔。
半分ずつのことが、隣に、並んでいる気がした、あの感覚。
考えても、何も、進まない。
でも、考えずに、いることも、できなかった。
夜、なんとなく、母に、電話を、した。
用事は、なかった。ただの、近況報告。洗濯機の、調子のことや、サークルのことを、少し、話した。
その流れで、凛は、何気なく、訊いた。
「お父さん、最近、まだ、なんか、書いとるん? パソコンで」
「ああ、それな」
母は、ちょっと、笑って、言った。
「note、って、いうサイトに、書いとるみたいよ。前、お父さんが、席、外したときに、ちらっと、見えてな。気になって、家で、検索してみたんよ」
「読んだん?」
「ちょっとだけ。なんか……昔の、自分の、話みたいで」
母は、そこで、ちょっと、言葉を、選ぶみたいに、止まった。
「なんか、照れるっていうか。うちも、知らん、お父さんの話、みたいで。最後まで、読めんかったわ」
「ふうん」
「べつに、悪いことは、書いとらんと思うけど。あんたも、気になるなら、見てみたら? お父さんには、言わんとってよ。なんか、こっそり、書いとるみたいやから」
母は、それだけ言って、また、別の話に、移った。
凛は、適当に、返事をして、電話を、切った。
部屋は、静かだった。
スマホを、持ったまま、凛は、しばらく、ベッドに、座っていた。
検索すれば、出てくる。
母が、言った。読めば、見れる。
なのに、指が、動かなかった。
あの夜のことを、思い出す。
居間の、画面の、ひかり。
「白石、ほのか」。
あの、五文字が、また、目の前に、ちらつく。
知りたい。
でも、すぐに、また、こう思う。
見たら、もう、戻れない、かもしれない。
でも。
戻れなくても、いい、のかもしれない。
凛は、そう、思った。
いつまでも、「半分」のまま、悠の前に、座っているのは。
もう、しんどい気が、した。
検索バーに、指を、置く。
「note」と、入力する。
母が、教えてくれた、サイト名だけで、たどり着けるとは、思っていなかった。
でも、何か、手がかりが、欲しかった。
もう一度、母に、訊くのは、なんとなく、いやだった。
しばらく、迷って、凛は、もう一語、付け加えた。
「白石ほのか」。
検索結果が、出る。
いちばん、上に、出てきたのは。
note の、ページだった。
タイトルが、目に、入る。
『写真の中の笑い声』。
凛は、それを、タップした。
ページが、開く。
いちばん上に、タイトルと、その下に、短い、自己紹介。
〈地方銀行員・広島在住〉
名前は、どこにも、なかった。アイコンも、ない。ただの、灰色の、丸。
その下に、「あらすじ」と、書かれた、囲みが、あった。
凛は、それを、読みはじめた。
〈もう誰もいない遊園地の跡地で、五十歳になった「僕」は、一枚の色褪せた写真を見つめていた〉
五十歳。
お父さんと、同じくらいの、年。
〈写ルンですに写るのは、肩を組んで、くしゃくしゃに笑う二人――僕と、白石ほのか〉
白石、ほのか。
その、五文字を、見た、瞬間。
頭の中で、別の、四文字が、勝手に、立ち上がった。
白石、悠。
いや。
白石、なんて、よくある、名字や。
あの夜と、同じ、言い訳が、また、出てくる。
でも、今度は、それだけでは、なかった。
凛は、あらすじの、続きを、読んだ。
〈腰まで届く黒髪の、清楚な見た目とはうらはらに、誰よりも大きな声で笑う女の子。小学校で出会い、転校で離ればなれになった二人は、数年後、受験勉強の自習室で、ふいに再会する〉
〈二人で神戸の大学を目指し、ずっと一緒にいる未来を、信じて疑わなかった〉
神戸。
その、二文字が。
おじいちゃんが、言っていた、あの話と。
いま、目の前の、画面の中の、「神戸」と。
ぴたりと、重なった。
お父さんが、行きたくて、行けんかった、神戸。
二人で、目指した、神戸。
その、「二人」の、片方が。
白石、ほのか。
〈一九九〇年代、広島。Mr.Childrenの歌とともに重ねた、当たり前の日々。けれど、その時間は、ほのかの病によって、静かに断ち切られていく〉
〈三十年後、ほのかの知らない歳になった「僕」は、なぜ、いま、この物語を書くのか――〉
三十年後。
いまから、三十年前。
お父さんが、二十歳くらいの、頃。
白石、ほのか、という人と。お父さんは。
画面の、文字が、もう、うまく、読めなくなっていた。
あらすじは、そこで、終わっていた。
その下には、「プロローグ 写真の中の、笑い声」という、本文への、リンクが、あった。
タップすれば、読める。
ぜんぶ、読める。
凛の、指は、その、リンクの上で、止まっていた。
タップしなかった。
まだ、できなかった。
凛は、スマホを、ベッドに、置いた。
画面が、まだ、ついている。あらすじの、文字が、見えている。
連絡先を、開く。
「白石悠」
その、三文字を、見る。
白石、ほのか。
白石、悠。
二つの、名前が、画面の中で、並んでいる。
偶然。
よくある、名字。
いくつ、言い訳を、並べても。
もう、ぜんぶが、ばらばらの、偶然には、見えなかった。
凛は、スマホを、持ったまま、動けなかった。
部屋の、灯りだけが、ついていた。
窓の外で、坂を、誰かが、下りていく音が、した。
遠くなって、消える。
凛は、まだ、動かなかった。
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読んでくださってありがとうございます。
あなたには、
「知りたい。でも、知ってしまうのが少し怖い」
と思ったことがありますか。
知らなければ、これまでと同じでいられる。
でも、一度知ってしまえば、もう前と同じ景色には戻れないかもしれない。
それでも、人はいつか、その先を知りたくなるのかもしれません。
凛の指は、まだ「プロローグ」を押せませんでした。
あなたなら、この続きを読みますか。
よければ、コメントで聞かせてもらえたら嬉しいです。
♪ 今回のBGM:GIFT(Mr.Children)
はじめてこのnoteに来てくださった方へ。
小説、広島の未来、信用、仕事、観光。
「信用の番人」が何を考え、なぜこれらを書いているのかを、こちらにまとめています。
▶ 「信用の番人」とは何者か。——広島から、信用と共助の未来を考える
▶ 前回
『笑い声は、まだ続いている(14)半分だけ、話す』
▶ 第一部・本編『写真の中の笑い声』
広島で出会い、再会し、失った初恋の物語。
▶ 第二部・外伝『写真の外の笑い声』
本編の出来事を、彼女――白石ほのかの側から描いた外伝。
▶ 第三部・次世代編『笑い声は、まだ続いている』
神戸で出会った白石悠と伊藤凛が、親世代の記憶と自分たちの未来へ近づいていく物語。
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