見出し画像

笑い声は、まだ続いている(14)半分だけ、話す|神戸の喫茶店で、家族の記憶を半分だけ話す

はじめてこの物語に来てくださった方へ。

本作は、長編小説『写真の中の笑い声』から続く三部作の第三部・次世代編です。

神戸で出会った悠と凛が、それぞれの家族に残る「まだ知らない記憶」へ少しずつ近づいていく物語です。

▶ 第1話「坂の途中」から読む

▶ 前回はこちら

『笑い声は、まだ続いている(13)妹の、ひとこと』


第14話 半分だけ、残す


 神戸に、戻ってきて、最初の、水曜だった。

 後期の、授業が、再開して、まだ、数日。

 いつもの、坂の途中の、喫茶店。窓ぎわの席に、凛が、座っていると、からん、と、ベルが、鳴った。

 悠だった。

 「あけまして、おめでとうございます」

 今さら、すぎる、あいさつに、凛は、笑った。

 「もう、正月、終わったけど」

 「……そうですね」

 悠も、ちょっと、笑って、向かいに、座った。


 コーヒーが、来るまで、しばらく、お互いの、年末の話を、した。

 大したことは、なかった。

 おせちが、どうとか。お年玉が、どうとか。広島の、寒さが、どうとか。

 悠は、白石家の、にぎやかな、年末のことを、少し、話した。妹に、からかわれた話。すき焼きの話。

 でも、どこか、大事なところは、話していないようにも、見えた。

 何が、とは、分からなかった。


 凛も、自分の、年末のことを、話した。

 初詣に、行ったこと。おじいちゃんと、おばあちゃんの、家に、行ったこと。

 お年玉を、もらったこと。

 話しながら、コーヒーを、ひと口、飲んで。

 ふと、その先を、話そうかどうか、迷った。

 誰かに、話したかった。

 でも、誰に、話せばいいのか、分からなかった。母には、言えなかった。父にも、もちろん、言えない。

 悠なら――。

 なんとなく、そう思った。


 「……あんな」

 凛は、コーヒーカップを、見ながら、言った。

 「おじいちゃんが、言うとってんけど」

 「はい」

 「うちの、お父さん。若い頃、神戸の、大学、行きたかったらしいんよ」

 言ってしまうと、思ったより、軽く、出た。

 「結局、行けんで、山口の、大学に、行ったって。なんか、成績が、届かんかったとか」

 悠は、コーヒーカップを、持つ手を、止めて、聞いていた。

 「お父さんが、神戸に?」

 「うん。なんか、意外やろ。うちのお父さん、神戸どころか、神戸の話、ぜんぜん、せん人やから」

 凛は、ちょっと、笑って、続けた。

 「で、思ったんやけど。うち、なんとなく、神戸、来たやろ。成績で。家系で。でも、お父さんが、行きたくて、行けんかった場所に、なんとなく、来とるって。なんか、へんな、感じがして」


 悠は、何も、言わなかった。

 ただ、その話を、聞いていた。

 コーヒーカップを、持つ手が、少し、止まっている。

 何か、考えているような、それとも、何かを、思い出しているような。

 いつもの、「そうですか」の、間とは、ちょっと、ちがう、止まり方だった。


 「……悠くん?」

 声を、かけると、悠は、ちょっと、おどろいたように、顔を、上げた。

 「あ、いや」

 間を、置いて、言った。

 「俺の、伯母さんも……」

 言いかけて、止めた。


 その先を、悠は、言わなかった。

 何か、言いたいことが、あるのは、分かった。

 でも、それを、言葉にする、一歩、手前で。

 悠は、いつもの、口下手な感じとは、ちょっと、ちがう、顔で、止まっていた。

 言葉が、見つからない、というより。

 見つけた、言葉を、しまった、みたいな。


 「……いや、なんでも、ないです」

 悠は、コーヒーを、飲んだ。

 「うちの、家族も、まあ、いろいろ、あるんやな、と思って」


 凛は、それ以上、訊かなかった。

 あの、海の日。あのときの、うまく流れなかった、沈黙を、思い出す。

 あの日から、二人のあいだには、なんとなく、ルールみたいなものが、できていた。

 言いたくないことは、言わなくていい。

 訊きたくても、訊かない。

 それが、二人にとっての、ちょうどいい、距離だった。


 「……そっか」

 凛は、それだけ、言った。

 「うちも、なんか、急に、言うてしもうたな。お父さんの、話」

 「いえ。聞けて、よかったです」

 悠は、言った。

 その声は、社交辞令には、聞こえなかった。

 ほんとうに、そう、思っているみたいだった。

 でも、その奥に、まだ、言っていない何かが、残っている気が、した。


 窓の外で、坂を、誰かが、自転車で、下っていった。

 その音が、遠くなって、消える。

 凛は、また、コーヒーを、飲んだ。

 悠も、同じように、した。

 二人とも、何か、半分だけ、話して。

 半分は、まだ、自分の中に、しまったまま、だった。

 でも、その、半分ずつのことが。

 すぐ、隣に、並んで、置かれているような、気が、した。

 何が、並んでいるのかは、まだ、分からなかった。


---------------------------------------------------------------

読んでくださってありがとうございます。

あなたには、大事なことを「半分だけ」話した相手がいますか。

全部は、まだ言えない。

でも、少しだけなら置いてみたい。

そんなふうに、言葉にしなかった半分まで大切にしながら続いていく関係も、あるのだと思います。

誰かに少しだけ打ち明けた記憶があれば、そっとコメントで聞かせてもらえたら嬉しいです。


♪ 今回のBGM:himawari(Mr.Children)


さらに読んでくださる方へ。

小説、広島の未来、信用、仕事、観光。

「信用の番人」が何を考え、なぜこれらを書いているのかを、こちらにまとめています。

▶ 信用の番人とは何者か。

▶ 前回

『笑い声は、まだ続いている(13)妹の、ひとこと』

▶ 第一部・本編『写真の中の笑い声』

広島で出会い、再会し、失った初恋の物語。

▶ 第二部・外伝『写真の外の笑い声』

本編の出来事を、彼女――白石ほのかの側から描いた外伝。

▶ 第三部・次世代編『笑い声は、まだ続いている』

神戸で出会った白石悠と伊藤凛が、親世代の記憶と自分たちの未来へ近づいていく物語。


#笑い声はまだ続いている #写真の中の笑い声 #写真の外の笑い声 #小説 #連載小説 #長編小説 #恋愛小説 #青春小説 #神戸 #広島 #家族の記憶 #親子 #言えないこと #大切な人 #半分だけ話す

いいなと思ったら応援しよう!