【第2回】正解なんてなかった。終末在宅介護を選ぶまでの迷いと決断
日常の延長のような顔をして、限界はやってくる
在宅介護をしていると、いつもの暮らしが、ある日突然、音もなく崩れることがあります。
もっと大きな前触れがあるものだと思っていました。
けれど実際には、日常の延長のような顔をして、静かに限界が近づいてくることがあります。
母が救急搬送された2024年、8月の終わりのあの日も、そうでした。
足の浮腫(むくみ)が出始めて数日。次の診察まであと2日。「その時に診てもらおうね」と話していた矢先、母の喉がヒューヒューと鳴り始め、息が苦しいと訴えました。
救急車を呼ぶべきか。もう少し様子を見るべきか。 「遅れたら取り返しがつかない」という恐怖と、一瞬の判断。
直ぐに救急車を呼びました。
私はあのとき、冷静だったのではなく、冷静でいようと必死だったのだと思います。
「危篤」の二文字に、身体が固まった夜
病院で呼吸は落ち着き、一度は帰宅したものの、明け方に再び息苦しさを訴え、今度はタクシーで病院へ向かいました。 CT検査の結果は、即入院。
診断は「心不全」でした。
そしてその日の夜9時、病院から電話が入ります。
「ICUに入りました。危篤状態です」
頭が真っ白になる、というのは本当でした。
泣くより先に身体が固まり、ただ急いで病院へ向かうことしかできませんでした。
酸素マスクをつけ、眠るように横たわる母。
もうお別れが近いのかもしれない。
そう思いながらも、私の口から出たのは「早くよくなって、また家に帰ろうね」という言葉でした。
それは願いだったのか、ただの励ましだったのか。今でもわかりません。
透析か、在宅か。突きつけられた「究極の選択」
不思議なことに、母は翌日から少しずつ奇跡的に回復し、10日ほどでICUを出ることができました。
命が助かったことに心から安堵しましたが、本当の試練はそのあとに待っていました。
助かったからこそ、選ばなければならなかったのです。
「これからどう生きるか」を。
腎機能はさらに低下し、肺に水が溜まる。水を出すための利尿剤は、さらに腎臓を痛めつける。 母の体は、そんなギリギリのバランスの上にありました。
主治医からは「透析」という選択肢を提示されました。
週3回、3時間半の透析に病院に通うという選択は高齢の母には無理があり
体力的に厳しい。
かといって、入院して透析という選択はもう自宅へは戻れないことを意味していました。
ただ長く生きることだけを目標にしていいのか……。
家族で、何度も、何度も話し合いました。
「病院にいたほうが安心じゃないか」
「でも、母は家に帰りたいと言っている」 在宅を選ぶのは、母のためなのか、それとも私たちがそうしたいだけなのか。
考えれば考えるほど、出口のない迷路に迷い込みました。
「正解」を探すのをやめたとき、道が見えた
介護の決断が苦しいのは、「これなら絶対に間違いない」と言える道がないからです。 どの道を選んでも不安があり、どの道を選んでも負担がある。
私はこのとき、「正しい答え」を見つけようとするのを、やめることにしました。
どの選択なら、あとでどんなに苦しくなったとしても、その状況を家族として引き受けられるか。
そして、最後に背中を押したのは、母自身の「家に帰りたい」という切実な願いでした。
医療的な管理も、夜間の不安も、すべて現実として家族が引き受ける。
その重圧を飲み込んで、私たちは母の想いを守る道を選びました。
ひとりで背負わなくていい。チームで支える「家」という病室
決断はしましたが、不安が消えたわけではありませんでした。
むしろ、カテーテルや酸素発生器、厳格な食事制限の数字を突きつけられ、足がすくみそうになりました。
そんな私を救ってくれたのは、病院の多職種の方々の存在でした。
医療ソーシャルワーカーさんが不安を聞いてくれ、入退院支援の看護師さんが地域のケアマネジャーさんと連携し、円滑な復帰を支えてくれました。
管理栄養士さんからは、母の病気に合わせた具体的な調理指導も受けました。
「ひとりで頑張らなくていいんですよ」
その言葉通り、ケアマネさん、訪問看護、ヘルパーさん、訪問医、リハビリ……。
多くのプロの方々が、私たちの「決断」を支えるために、家の中にチームを作ってくれたのです。
在宅介護は、家族の頑張りだけでは続きません。
制度と、人の手と、専門家の知恵。
それらが重なって初めて成り立つものなのだと痛感しました。
皆様には感謝の一言しかありません。
揺れながら選んだ答えが、私たちの「精一杯」
退院の日、「家に帰れる」とわかった瞬間の母の表情は、驚くほど明るいものでした。
帰る場所があるということは、それだけで、人をこれほどまでに強く、明るくさせるのかと胸が熱くなりました。
あの時の決断が、医学的に100点だったのかは、今でもわかりません。
どの場面にも迷いがあり、今も揺れ続けています。
でも、迷うことそのものは、悪いことではないと思っています。
それだけ、母の命を軽く見なかったという証拠だからです。
逃げずに考え抜いて選んだ道なら、それはその時の自分たちにとって、最高の答えだと確信しています。
だからこそ、何事もない「今日」という一日を母と一緒に過ごせることが、以前よりずっと、ずっと尊いものに感じられています。
【次回予告】
排泄ケアは、ある日突然「おむつだけ」になるわけではなく、
トイレ介助から少しずつ形を変えていきます。
おむつ交換は、やり方を整えることに目が向きがちですが、
実際には「どうすれば無理なく続けられるか」という視点も、
同じくらい大切だと感じています。
漏れや汚れが続くと、「自分のやり方が悪いのでは」と責めてしまいがち
排泄ケアで私がたどり着いた選択の裏側を綴ります。
【私のnoteにお立ち寄りくださり、本当にありがとうございます。よろしかったら是非こちらのリンクも御一読ください。】
【「知らないと損する」介護の家計防衛術マガジンの具体策もぜひご活用ください。】
【よしみさんはどんな人?こんな人です↓】
いいなと思ったら応援しよう!
読んでくださり、ありがとうございます。もし「ちょっと応援してもいいな」と思っていただけたら、チップで励ましてもらえると嬉しいです😊AI学習活動費に使わせていただきます❣️