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公園のパフィン 9 「ダム事件」

これまでのおはなし
1 高原・きゃべつ ともうします
2 カンリキョクはいじわるです
3 さわがしいりすと 美人のハクビシン
4 麦のおかゆはよく効きます
5 ぺコリーナ・ポコリーノ
6 にぎやかな水生園
7 ふかふかの動物園
8 知恵と勇気と滑走路

ある日、わたしが駅で出会った小さなうさぎ。
たったひとり、住み家をさがして旅をしていました。
パフィンという名前をもらい、公園での暮らしが始まります。
でも、すべての森と園をめぐらなければ、本当の仲間にはなれません。
西の森と水生園をたどり、動物園へ。
つかまって閉じこめられてしまいましたが
ラビットショーのうさぎたちと
賢いゾウのナガコさんに助けられ、森に帰ることができました。

水のいさかい


 青葉のアーチが日差しをやわらげるクヌギの並木を歩きながら、わたしはお芝居のことを考えていました。
 脚本も監督も大道具もわたし、うさぎ語のクラス全員が出演する、実におもしろい劇なのです。
 考えごとに夢中になっていて、いつもとは何かがちがうことに気がつきませんでした。

 楢の木のおうちが見えてくるあたり、小川の近くにパフィンの姿が見えます。
 となりには、あのハクビシン。それだけではありません。
 わたしが会ったことのないカルガモや、鼻のとがったジネズミ、大きなカエルもいました。
 木々の枝には鳥たちや、さまざまな虫も来ているようです。
 みんなで何を話しているのでしょうか。

 どうしたの……と言いかけ、わたしはあっと叫んでしまいました。
 小川に水が流れていないのです!
 いつもなら、ちゃっぷちゃっぷとかわいらしい音を立ててうずまき、しぶきをあげている清らかな水が、なくなっているのです!
 わたしはあわてて走り寄りました。
 ばたばたと足音を立てたので、ジネズミや小鳥はさっと逃げてしまいました。

 こまったことになっちゃったんです、と、パフィンは言いました。
 かれてしまった小川をさし示します。
 浅い水たまりが小石で補強されて、そこに小さな魚たちが入っていました。せまく、苦しそうです。
「今朝、顔を洗おうとしたら川の水が少なくなっていたんです」
 パフィンが川面を指さします。
「どんどん浅くなって、上流から魚やカエルたちが逃げてきました。
 大きい魚は先まで泳いでいったんですけど、小さい魚は逃げおくれてしまって。だからお池を作って入れました。
 みんなも集まってきて、どうしたらいいか相談していたんです」
「あっという間に涸れてしまったのよ」
 ハクビシンは顔をしかめます。
「いま、テロッテが池のほうを見にいっているの」

 乾きかけた川底をのそのそと歩いていたカエルが、あきらめたように立ち止まってため息をつきました。
 カルガモはくちばしで地面をつつき、残念そうに首をふります。

 そのとき、木々の間できらっと何かが光りました。
 あざやかな青い光です。輝きながら一直線に小川のふちに降り立ったその姿は、小さな美しい鳥でした。
 カワセミです!
 チチッと鋭くさえずりました。

「テロッテが上流で何か見つけたらしいわ。行きましょう」
 ハクビシンが言いました。どうやら鳥語もわかるようです。
 素早く、体をひるがえすように走り出しました。
 ひゅうっとカワセミも飛び立ちます。
 パフィンも、ぱしっと地を蹴って駆けだします。
 みるみる遠ざかっていく姿を、わたしとカルガモとジネズミと、そしてカエルたちが追いかけました。
 

「たいへんだい! たいへんだい!」
 木の上でテロッテが跳びはねています。
 せいいっぱいの速さで駆けつけたわたしは思わず息をのみました。
 池から流れ出た小川の分かれ目、西の森に向かう支流はゆたかに渦巻いて流れています。
 そして東の森に向かう支流には……まったく水がありませんでした。
 なぜって、石や木の枝で頑丈そうなダムがつくられ、流れがせきとめられていたからです!
「ひどいわね。だれがこんなことを」
 ハクビシンが悔し気につぶやきます。
 水草がぺったりと地面にはりつき、茶色く縮れ始めています。
 水辺のガマの茎も暑さにうなだれていました。

「こまったなあ、どうしたらいいでしょう」
 行き倒れていたトンボのヤゴをそっとすくい上げ、わずかな水たまりに放しながらパフィンがつぶやきました。
 その声にこたえるように
「まいだりー」
 ダムの向こうから、ひょこっと丸い頭がつき出されました。
「ベーブさん!」
 息をのんだパフィンは、つっかえるように早口で言います。
「まさか、ベーブさんがこのダムをつくったんじゃないですよね?」
 パフィンにしてはきびしい声でした。
 梢でテロッテがきいきい文句を言っています。
 ハクビシンもにらみつけます。
 まったく意に介さず、のんきに笑っているのはビーバーでした。
 パフィンに橋を造ったという、あのビーバーのようです。

「いやいや、そうでんよ、パフィンのだんな。
 ダムづくり、ハナモモ十個で頼まれたん」
 にかにかと歯を見せます。
 いったいだれから、とわたしが口をはさみかけたとき、西の森のほうからがさりと音が聞こえました。
 ハクビシンがしっぽの毛を逆立てます。
 木々と茂みをかきわけて姿をあらわしたのは、大きくて力の強そうなタヌキでした。きつい目でこちらを見すえています。
 
「タヌキのだんな、パコリーニさんがおらにダムづくりを頼んだん。
 東の森にばかり水が流れてずるいってねん」
 ビーバーは大きなダムを平たいしっぽで叩きました。
「んじゃ、まいだりー」つるんと水にもぐってたちまち姿を消します。

 タヌキとハクビシンが言い争いを始めていました。
 わたしにはぜんぜん聞き取れないことばです。
 もともと仲が悪いのでしょうか、今にも噛みつきそうな気配でした。
 パフィンがなだめようとしても止まりません。
 カエルやカモたち、西の森から出てきたトカゲやモグラたちもにらみあっています。これでは大ゲンカになりそうです。

 どうしよう、とわたしが弱っていると、さっと頭上に影がさしました。
 はさり、と羽音がして松の梢に大きな鳥が降り立ちます。
 青いしま模様のある堂々とした鳥でした。西の森のオオタカでしょうか?

 しゅるるる、と澄んだ音がして、東の森の奥からは大きなへびが現れます。
 サールバドールでした。かま首を上げ、梢を眺めます。
 東西のボスが無言で見つめ合う様子に、ケンカしていた動物たちはしんと黙りこみました。

 不意にオオタカがクィーっというするどい声を発しました。
 タヌキがはっとした様子で見上げます。
 身振り手振りで何かを伝えました。
 オオタカはさらに鋭い声を上げ、タヌキはうつむきます。

 サールバドールがうなずいて体をゆすり、しゅっと息を吐きます。
 静かな数秒があって、サールバドールはゆっくりと後ろを向き、するすると去っていきました。
 オオタカも飛び立ちます。

 わたしの肩に、いきなりどすんと重みがかかります。テロッテが木から飛び降りてきたのです。
「オオタカがタヌキにダムを壊すように命じた、ってサールバドールが言った!」
 こうふんして宙返りします。
「タヌキ、おこられたよテロッテテロッテ! おっと」
 わたしの頭のうしろにかくれました。
 パコリーニというタヌキが、じろりとテロッテをにらみつけたからです。

 このさわぎは結局、タヌキがビーバーを呼び出し、ダムをこわして小川をもと通りにさせる、ということで収まりました。
 おさまらないのはパコリーニと、西の森の者たちでしょう。
 わたしたちがぞろぞろと東の森にもどる間、うしろからずっと歯ぎしりや舌うちが聞こえ、ねめつけるような視線を感じました。
 いやなふんいきです。
 ハクビシンもまだ、ぷりぷり怒っていました。
 テロッテも枝を飛び移りながら文句を言っています。
 パフィンは下を向いて歩いていました。
 耳がくったりとして、とても悲しそうに見えました。
 



 その日から、東の森と西の森はこれまでにないほど険悪になってしまいました。

 翌朝、森に立ち寄ったわたしがテロッテに聞いたところによると、
 水の豊かな東側と、小川が涸れがちな西側とは、以前からちょっとしたいさかいがあったそうです。
 それでも、ゆたかに生る東の木の実を西に分けたり、大雨で東が水びたしになったときは西が助けたり、おたがいにおり合って暮らしてきたのです。

 今回のダム事件の原因は、実はパフィンのことでした。
 パフィンが西の森にあいさつに行ったとき、小川のアシを折り取って荒らしたと(これは言いがかりです。アメンボが流してよこしたのです)、
 また、タヌキの子供たちにハナモモを与えて手なずけようとしたと(これも言いがかりです)、
 うわさが広まり、パコリーニが腹を立て、仕返しするためにダムをつくることを思いついたというのです。

 この話をテロッテから聞いて、パフィンはすっかりしょげてしまいました。
「ぼく、知らないうちに悪いことをしたんでしょうか」
 耳もひげもしっぽも、しおれた花のようにくったりしています。
「ちがうよ! ぜんぶ誤解じゃないか。気にしちゃいけないよ」
 わたしはいっしょうけんめい励ましました。
 パフィンは楢のおうちにいましたが、木のとびらをゆっくりと内側に閉めてしまいました。
 わたしはとびらの丸い穴から声をかけようとしました。
 でも、ひざをかかえて座るパフィンの足もとに、ぽた、ぽた、と涙がしたたるのを見て、何も言えなくなってしまいました。

 頭上で枝がゆれました。テロッテのしっぽがぶらさがっています。
 あのやかましいリスが、めずらしく何も言いません。
 ニュースを伝えたことで、パフィンを落ちこませてしまったと気づいたのでしょう。

 わたしはこまって、頭をかきむしりました。
 どうしたらいいでしょう? なんて言ってあげたらいいんでしょう?
「そうだ、パフィン、こんど学校でうさぎ語のお芝居をするんだよ。パフィンも出てくれるといいな、とても楽しい劇だから」
 そんなことしか思いつきません。
 巣箱のおうちから細い、さみしい声がしました。
「ぼく、長く、長ぁく考えてみます……正解を見つけたいから」
 

さかのぼること

 アパートの階段をどたどたとかけ上がり、部屋のとびらを開くなり、わたしは奥にむかって呼びかけました。
「たまさん!」
 靴を脱ぐのももどかしく、台所から居間にかけこみます。
 たまさんはベランダで干し野菜を作っていました。
 にんじんの葉や明日葉、小松菜をザルに広げて陽に当てるのです。そうすると甘くて栄養たっぷりになるのだそうです。
 うしろ姿でしたが、耳だけこちらを向いているので、わたしの話を聞いているとわかりました。
 わたしはダム事件のいきさつを話しました。森のいさかいについて言いました。パフィンが悲しんでいることをうったえました。
「にんじん、明日葉、小松菜」
 たまさんが背中を向けたまま言いました。
「ぜんぶおいしいけれど、ぜんぶ一緒に食べたらおなかをこわしちまう。ものごとは一つずつ順番にかたづけるものだよ」
 わたしははっとしました。
 たしかに、何もかもまとめて解決したいとあせっていたようです。

 たまさんはゆっくりふり向きました。手に葉付きにんじんを持っています。
「どうしてにんじんっていうか知ってるかい? 根が手足みたいに分かれて、にんげんみたいに見えるからだよ」
 わたしは目をぱちくりして、たまさんの落ち着きはらった顔を見つめます。どうしてにんじんの話なんて始めるのでしょう?
「明日葉は、つんでも明日には葉が生えるから。小松菜は、小さな松のある土地でとれた菜だから」
 かがんで、干し野菜をていねいに並べました。
「ハナビは、どうしてハナビという名前なんだい?」
「そ、それは」
 急に問われてわたしはまごつきました。
「わたしが生まれたとき、父さんが産院に急ぐ途中で花火大会を見たから。
 母さんの顔を見たとたんに、花火! と言ってしまって、それを聞いた母さんは名前のことだと思ったから。
 かんちがいで決まってしまったなんて、かっこうわるい話さ」
「ハナビの名前には、ハナビが生まれたときの話がいっぱい詰まってるじゃないか」
 たまさんは、半干しのにんじんをかりっとかじりました。
「大事なことだよ」
 わたしは首をひねります。名前がどうしたっていうのでしょう?

「それよりたまさん、パフィンのこと、どうしたらいいだろう?」
「さかのぼることさ」
 干し野菜にちりよけの網をかぶせながら、たまさんは言います。
「小川はどこから流れてるんだい? 水はどうして足りないんだい? パフィンはどうして悲しいんだい? もともとのところを見てみることさ」
「もともとに、さかのぼる……」
 わたしは腕組みして考えこんでしまいました。
「小川の水は、池からだ……池の水は……どこから出てるんだろう? 水が増えたら、西の森にもたっぷり流れるから……」

 ひらめきそうで。ひらめきません。
 でも、小川の水がじゅうぶんに多ければケンカはなくなり、パフィンも安心できるはずです。
「たまさん、ありがとう。もともとのところ、調べてみるよ!」
 言うなり、また玄関に逆もどりして靴をはきます。
 さっそく、池の水の出どころを知りたくなったのです。
 きっと、センゾウさんなら知っているに違いありません。

 公園めざして駆けながら、わたしは思いました。
 たまさんって、どうしてあんなにかしこいんだろう?
 もしかして、わたしのほうが、うさぎほどかしこくない、っていうことでしょうか?
 

 センゾウさんは、あからさまにめんどうくさそうな顔をしました。
 わたしが管理局の小屋をノックすると、竹ぼうきを逆さまに持って出てきたのです。
「池の水だって? ……そりゃ、井戸からだ。水神様のほこらがある、あの向こうに、たしか、もともとの井戸があって……」
 考えこんで、竹ぼうきで地面をごんごん叩きます。
「それが、ほとんど涸れちまって……いつだったかな、あれは」
 今度はこぶしで自分の頭をごんごん叩いていましたが、思い出せないらしく、ため息をつきました。

 いったん奥に引っこみ、ごたごたした戸棚をかき回します。
 わたしもつられて中に入りました。
 センゾウさんは一冊の本を引っぱり出し、ふうっと息を吹きかけてほこりを飛ばします。
 近づいてよく見ると、書類を紐でとじた手づくりの本でした。
「池の水についちゃ、いろんな研究や調査があったんだ。そこにぜんぶ資料をとじてあるよ。貸してやるから読め読め」
 センゾウさんはわたしをぐいぐい外に押し出します。
「わしゃ忙しいんだ。最近は、許可もなく川に石を積む公園の利用者がいるからな。せきとめて魚でもとるつもりか、こまったもんだ。石をぜんぶ没収せにゃならん」
 わたしは追い出されながら聞きました。
「それ、東の小川ですか? それとも……」
「東も西も両方とも、そこらじゅうだ。こまったもんだ」

 センゾウさんのなげく声を背に、わたしは走り出しました。
 東西の森の動物たちが、たがいに川の流れを止め合っているのではないでしょうか。
 どうやら小川をめぐる争いがエスカレートしているようです!
 はやく解決策を見つけないと。
 

 水の神様は、池の北西の小島にひっそりとまつられています。
 松やナンテンの木がいっぱいに葉を茂らせる下に、朱塗りの小さな橋が池に突き出ています。
 池の上をすずしい風がわたります。
 遠くからボート遊びをする人々の声が聞こえます。
 わたしは久しぶりに赤い欄干の橋を通りました。

 木造りのほこらに手を合わせ、ずっとお参りしていなかったことを水の神様におわびします。
 そして、森で起きている問題が解決するようにお願いしました。
 ざあっと風が吹き抜け、白いしで紙がひらりと揺れ、おまつりされている龍の像がうなずいたように見えました。

 さて、ほこらの横にまわって後ろの池を見てみると……ありました、たしかに。
 今まで気にとめていませんでしたが、水面から石の四角い台が数十センチほど出ています。
 その中央には大きな深い穴があり、まわりを四本の棒がかこんでいます。
 まさに井の字のかたちです。
 その四角い枠は、もとは木でできていたのでしょうか、今はさびた金属で覆われていました。
その井戸を守る腕のように、小島から太い松の枝がにゅうと伸びています。

 わたしはかかえていた資料のページをめくります。
「湧水の枯渇調査」なんだか難しそうな文字がならんでいます。
 よく読んでみると、昔は豊かだった池の水が、今から二十年ほど前にとつぜん少なくなったことがわかりました。
 古い井戸から湧きだしていた水が止まってしまったのです。
 今は北のほうにある川から水路を引いているけれど、それも年々減ってきているということでした。
「もっと水が減ったら、パフィンたちはどうなっちゃうんだろう」
 思わずひとり言を言いました。
 池でぱしゃっとコイがはねました。

 わたしは欄干にもたれて、資料のつづきを読みます。
 井戸が涸れ、川の水が減った原因のひとつは、わたしたち人間の生活でした。
 地下水をくみ上げすぎて水脈が涸れ、地面をアスファルトで固めすぎて雨水がしみこまなくなり、そうしたことのくり返しで水がなくなってしまったのでした。
 ため息が出ました。
 生まれ育ったこの町で、ふつうの暮らしが水を涸らしていたなんて。
 わたしは今朝、水を出しっぱなしで顔を洗ったことを反省しました。

 書類はまだまだ続き、さまざまな調査や試みがあったことを告げていました。
 むずかしいところは飛ばして、ぱらぱらとめくります。
 ふるい筆文字の文書を現代語に直したページに「丼之頭池縁起」とあります。
 池のはじまりを記した伝説でした。
 なんと起源は千年以上前、ある日この地に天から小さな星がふってきて、村の井戸に飛びこんだそうな。
 すると美しい水がとめどなく、こんこんと湧きだしたとか。
 へえ、とわたしは感心します。
 そうすると、頭に丼をかぶって歩いていたという昔話は、この起源にまつわるものなのかもしれません。

 またコイがぱしゃっと大きくはね、水しぶきがあがります。
 そのとき、またもや何かひらめきそうで……
 ……残念、ひらめきませんでした。
 もう一度ため息をついて資料を閉じます。

 さあ、つぎは、どうしたらいいでしょう?

 つづく

これからのおはなし
10 おじさんは踊り わたしはひらめく
11 バールとビー玉
12 がんばれがんばれ、つるかめつるかめ
13 そして、水は


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