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フェルメール展に行ってきました|「真珠の耳飾りの少女」が見ていたもの

オランダを代表する画家のひとり、ヨハネス・フェルメール。
その代表作《真珠の耳飾りの少女》が、大阪・中之島にやってきました。

「フェルメール《真珠の耳飾りの少女》展」では、オランダ・ハーグのマウリッツハイス美術館のコレクションから12作品が展示されています。

そのうち、フェルメールの作品は《真珠の耳飾りの少女》と《ディアナとニンフたち》の2点です。

今回は、マウリッツハイス美術館の改修工事による臨時休館を機に実現した来日です。次はいつ日本で見られるかわからない。どうしても見ておきたいと思いました。

というのも、私がこの少女に会うのは、初めてではありません。

2000年に開催された「フェルメールとその時代」展でも、大阪まで見に行きました。当時は東京に住んでいて、「そのうち東京にも巡回するよねえ」と、のんびり構えていました。

ところが、そのまま返還されるらしい。

それを知って、翌月、慌てて大阪へ。日帰りで見に行きました。
あれから26年。
また大阪に、この少女がやってきました。
オランダまで行くことを考えれば、大阪は近い。

というわけで、26年ぶりに《真珠の耳飾りの少女》を見に行ってきました。

「青いターバンの少女」だったころ

大阪・中之島美術館

私がフェルメールを知ったきっかけは、アート作品を取り上げた少年漫画でした。正直、漫画のタイトルも覚えていません。

ただ、そこで知った「フェルメール・ブルー」や、カメラ・オブスクーラの話がおもしろくて、あとから画集を買ったことは覚えています。

すっかり、静謐で透明な画風に引き込まれました。

フェルメールは残された作品数が少なく、その生涯にも謎が多い。
作品が少ないなら、「いつか全部見られるかもしれない」。
そんなことを思ったことも、興味を持った理由のひとつです。


そして2000年、大阪で《真珠の耳飾りの少女》に出会ったときには、《青いターバンの少女》という名前も併記されていました。

その後、2003年にはピーター・ウェーバー監督の映画『真珠の耳飾りの少女』が公開され、いまではこちらのタイトルのほうが、すっかり馴染み深くなりました。

今回は運よく、日本側監修者の宮下規久朗氏の講演会付きチケットを取ることができました。フェルメールの作品や、当時のオランダ絵画について話を聞いたあと、そのまま展示室へ向かいました。


振り向きざまに、少女と目が合う

《真珠の耳飾りの少女》を実際に見ると、やっぱり目が離せません。
暗い背景に、青いターバンを巻いた少女の顔が描かれています。

肩越しの視線。

ずっとこの姿勢でいたというよりも、つい数秒前まで別の方向を見ていて、ふっとこちらを向いた。

そんなふうに見えます。
その瞬間、目が合った。

右目には、小さな光が入っています。
少し開いた口元にも光が差し、いまにも何か話しそうです。
見ているこちらのほうが、ちょっとどぎまぎしました。


そして、やっぱり青がきれいでした。
いわゆる「フェルメール・ブルー」。

この青に使われた天然ウルトラマリンは、遠く現在のアフガニスタンで採れたラピスラズリから作られた、とても高価な顔料だったそうです。

遠い場所から運ばれてきた石が絵の具になり、何百年も経ったいま、目の前でまだ鮮やかな青を見せている。

それを思うと、なんだか不思議です。
《青いターバンの少女》と呼ばれていたことにも、あらためて納得しました。


少女が見ていたもの


そして、宮下氏の講演会で聞いた話のなかで、いちばん印象に残ったことがあります。

《真珠の耳飾りの少女》は、普段はオランダ・ハーグのマウリッツハイス美術館に展示されています。講演によると、その展示室で少女の視線をたどると、そこにはフェルメールの《デルフトの眺望》があるそうです。

少女が見ていたもの。

それが、フェルメールが生まれ、暮らしたデルフトの街でした。
その話を聞いたとき、なんだかストーリーがそこで完結しているように思えて、胸が熱くなりました。少女の視線の先に、フェルメールが描いた街がある。

そう思うと、一度その展示室でも見てみたくなります。
私たちは少女を見ているけれど、少女にも見ているものがある。


そして、ふと思いました。
2000年にこの絵を見たとき、私は何を見ていたんだろう。

たぶん、青の美しさや、少女の不思議な眼差しに夢中だった気がします。

26年後に同じ絵の前に立って、今回は、その少女にも「見ているもの」があることに惹かれました。
26年前の自分と、いまの自分では、目に入ってくるものが少し違う。
それも、おもしろいなと思いました。

最後に、ことばが残されていた

《真珠の耳飾りの少女》を鑑賞する部屋には、フェルメールについて語られた言葉がいくつか紹介されていました。

ひとつは、画家・ゴッホの言葉です。

「デルフトのフェルメールを知っているかい?彼の絵は青、レモン色、明るい灰色、黒、白だけで描かれている。」

「知っているかい?」
そう問いかけられると、「見たよ、知っているよ!」と応えたくなりました。
ひととき、ゴッホと同じ絵を見ているような気分になりました。

そして、詩人・谷川俊太郎の言葉です。

「フェルメールを見に行くときは、いつも胸がドキドキします、まるで恋人と会うときのように。」

はっとしました。
いろいろ感想を書いていたけど、いちばんストレートに響くって、こういうことなのかもしれません。

2000年にも大阪まで見に行き、26年後にもまた大阪まで来た。
そう考えると、少しわかる気がします。

お二人が残した言葉をたどる時間も、とても楽しかったです。

中之島を出るころには、もう夜になっていました。

家に帰ってから、2000年と2026年のパンフレットを並べてみました。
26年。

あのとき見た少女に、もう一度会うことができました。

同じ絵なのに、26年前といまでは、見えているものが少し違います。

それでも、振り向きざまにこちらを見つめるあの眼差しには、やっぱり引き込まれました。


パンフレットをふたつ、並べてみました
左側:2000年開催「フェルメールとその時代展」
右側;2026年開催「フェルメール《真珠の耳飾りの少女》展」



▼ 大ゴッホ展でも、書簡の言葉が心に残りました

▼ 谷川俊太郎氏が手がけた、追悼のプラネタリウム

▼ 当日のメモ「好きは残るってこと」




最後までお読みいただき、ありがとうございました。
これからも、どうぞよろしくお願いします!


心を整えながら、自分らしい表現をゆっくり育てる居場所、
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