【ZINEを作り始めたきっかけ】エリート→躁鬱→絶望^^→note 8月2日(日)ZINEフェス文芸@東京への道 五本目
今日はZINEを書くようになったきっかけについて書いていきます。
それは、やることがなかったからです。僕にはやることがありませんでした。できることもありませんでした。あるのは時間と実家だけでした。だから、書き始めました。ほんとそれだけでした。ZINEを作るきっかけは、noteを書くようになったきっかけと同じですが、ほんとそれだけです。
プロフィールにあるように、自分は双極性障害に苦しんでいました。なにをやってもうまくいかない。何かを始めても定期的に来る鬱でおじゃんになってしまう。そして、慢性的な過眠による昼夜逆転も社会的な障壁となっていました。それが負の循環を生み、恒常的な軽い鬱状態に陥っていく。
問題はそれだけじゃありませんでした。歳をとるにつれ、自分の人生をとても現実とは認識できなくなっていきました。現在は27歳で、上記のような状態は2025年の年末まで続いていました。
一方で、20歳までの自分は順風満帆でした。中高のテストで学年1位、サッカーをすれば部長かキャプテン、友達といればお調子者のムードメーカー。人懐こく、責任感もあるとても素敵な青年でした。
猛勉強の末、平凡な公立高校から早稲田大学に入学し、大学でも遊びにうつつを抜かしていてはダメだと、ベンチャー企業に飛び込んでは働いていました。受験の経験から教育学や心理学にも興味を持ち、自ら学習していく意欲もありました。人はどうして精神的に発達していくのだろう?そんな問いに向き合い、学んでいる時間がなんとも幸福でした。
しかし、大学2年のあたりから暗雲が立ち込めてきます。急に朝起きれなくなったのです。大学に行けなくなった。行こうとしても、電車を途中で降りてしまう。これがどうしてなのかわからない。ただ怠惰なのか、行きたくないのか。一年生の時は落とさなかった単位も2年後期は7単位落としました。
ただ、そんな話どこにでもあるでしょう。1限に起きられない、授業を切る。キャンパスを歩けば当然のように聞く話でした。しかし、ある事件が起こったのは自分がベンチャーキャピタル(投資家からお金を預かり、将来性のあるベンチャー企業に投資をすることで利益を得る会社のこと)に入社したあとでした。
信頼していた大学の先輩がそこで働いていたので、自分もインターンとして入社したのですが、それがよくなかった。レベルの高い社員の方が多く、今までのやる気があればOKといった環境とは全く違いました。実力がなかった自分は戸惑います。頼みの綱の先輩も余裕がなく、冷たく見える。そこに忍び寄ってきた躁鬱の波も重なり、自分は崩壊します。
とんでもない躁状態に陥り、自我が崩壊したのです。
その時のことはこのあたりに書いています。
こうして自分は暗黒時代に突入します。なんでもうまくいっていた自分がなにもできない。普通に朝起きることもできない。バイトも続かない。人が怖い。無表情の年上の男性を見るとトラウマが蘇る。
半年の休学のあと、なんとかベンチャー企業で働いたり、就活で内定を取りましたが、鬱で全て辞めました。
全て鬱によってうまくいかない。途中からこれが鬱なのか、そもそも自分に能力がないのかわからなくなる。しかしそんなことどうでもいいくらい辛くなる。だから考えないようにする。というループに入っていました。
昼夜逆転したことで、家族との会話も減りました。極力日中に起きるのを辞めました。やることがないからです。やることがないのだから起きていても仕方がない。しかし、深夜ならば好きなことをしていても誰にも邪魔されない気がする。あとは寝れないのも嫌でした。目を瞑ってベッドに横たわっていても、どうせ明日も早く起きる必要はないのだからと意味がないと思っていました。ならば眠くなり、睡眠薬を飲めばすぐに次の日になる朝の5時に寝ていました。あとはさすがに、親が起きてくる時間に起きているのは忍びなかった。
親の目は気になっていました。しかし、それを気にする気力も無くなっていきました。友達には嘘をついていました。働いてる。テレワークをしている。土日休みではない。帰りが遅い。よくわからない嘘を並べて病気を隠していました。
とにかく気を使われるのが嫌だったのと、高校の友達の前くらいはすごかった自分でいたかったのです。
そうしていたら、26歳になっていました。精神科で出された薬を飲み続けて5年が経っていました。若さの無駄遣い。まさにそんな日々でした。神様がいるのなら、なぜこんな思いをさせているのか、これが伏線ならいつかなにかが起きるのだろうと思っていました。
しかし、起きませんでした。
2025年11月、ついに引きこもりになりました。収入が0になったのです。真夏にやり始めたウーバーイーツを辞め(自由に働けるから、いつか行こうと毎日繰り返していたら鬱になり行けなくなった)、ついに万策尽きたと思いました。
その前には八百屋で朝から働いていました。しかし、それも3ヶ月と続きませんでした。高校の友達と始めたアマチュアお笑い芸人も1年経たずに解散しました。
もうないな。そう思いました。やることないな。人生終わりか。これで終わりなんだな。そう思いました。
あとはベッドで腐っていくだけか。
本当にそう思っていました。人生でやったことないスマホゲームも始めました。クソゲーと言われるやつでした。ハマりませんでした。
終わってからも、人生は続きました。なぜ生きているのかはわからなかったけど、友達の結婚式にスーツを着て行きました。相変わらず嘘をついていました。
その時期自分の顔には大きな赤いニキビがありました。とても嫌でした。どうしたら隠せるかと思っていました。結婚式の日には母のファンデーションを借りて、白く塗って行きました。
中学時代からのサッカーのクラブチームの友達に言われました。
「なんでebinaの顔白いの?」
素直な質問でした。
なんで白いんだろう。そう思いました。
とても象徴的な発言だと思いました。なにを隠しているんだろう。
その日の帰りは体調が本当に悪く、血色も悪くなっていました。
酷く愚かで醜いと思いました。
そこからはあまり覚えていません。
気づいたら、早朝に起きるようになっていました。眠れなくなったのです。飛び上がるように起きて、大学時代のサッカーサークルに行きました。お察しの通り、躁状態の波がきたのです。
大学時代の友人と先輩とも高田馬場で会いました。そこで素直な悩みを伝えました。
その先輩に初めて本を作りたいと言いました。
一旦、怪訝な顔をしていましたが、すぐに賛同をしてくれました。
確かそこからだったと思います。noteを書き始めたのは。そこから毎日書きました。来る日も来る日も、子供部屋の本棚にPCを載せ、立ったまま書きました。
こんなことをして意味があるのか、誰も読まないんじゃないか。こんな下手な文章書いたらバカにされるんじゃないか。そんな思いを押し殺すように書きました。とにかく書きました。憧れの作家の本を貪るように読み、信じました。とにかく書きました。そしたら、生活が変わりました。早く起きれるようになりました。塾のバイトを見つけました。様々な活動に精力的に参加し始めました。変わりました。理由はわかりませんでした。
とにかく書きました。書いて、書いて、書きました。とにかく書くことが自分を肯定してくれるようになりました。書くことが自分に自信をつけてくれました。書くことこそ、自分がやりたかったことなのだと気づきました。
作家になりたいと思うようになりました。自分の書く文章に価値があるとはとても思えないけど、いつか価値を生みたいと思うようになりました。
努力するようになりました。書くことが好きになりました。本を作りたいと思うようになりました。
それがZINEを作りたいと思うようになったきっかけです。
明日、東京の浜松町で行われるZINEフェス文芸というイベントに出ます。
もし来てくださる方がいればお話ししましょう。
お待ちしています。
