時代と戦え!『ジョイメカファイト』|レトロゲーム紀行
1993年。既にスーパーファミコンが発売されて3年近く経っていましたが、ファミコンソフトもまだまだ発売されており、当時流行の対戦格闘ゲームまで登場しました。今でも「隠れた名作」とうたわれる、『ジョイメカファイト』(任天堂)です。
(初出:ITmedia Gamez 2005年6月28日)
武道館と格闘技とテレビゲーム

日本武道館にやってきた。
武道館とテレビゲームとのかかわりは、意外と深い。
かつて、伝説のマンガ『ゲームセンターあらし』の舞台になったことがある。
ゲームの腕以外に何のとりえもない少年・石野あらしが、さまざまな「ゲーム戦士」と対決するこのマンガは、昭和50年代中盤、コロコロコミックの人気連載だった。
「月面宙返り(ムーンサルト)」「炎のコマ」などの派手な必殺技で有名なマンガだが、戦いの舞台がむやみに壮大だったのも印象深い。
のちに世界の危機を何度も救うことになるあらしにとって、日本武道館は小さなステージだったかもしれない。だが、「あらしVS小学校の担任の先生」というカードで、1万4千人入る武道館が満杯になるという描写は、十分に大きなスケールだといえよう。
また1995年には、週刊ファミコン通信(現・週刊ファミ通)主催の「ゲームの殿堂」というイベントが、ここ武道館で開催されている。
初日は現在の東京ゲームショウのような、各メーカーの新作が展示される催しで、2日目は有名アーティストが多数出演するライブイベントという構成だった。
実は、初日のイベントの中で行なわれた「ゲーム王決定戦」に、私も出場したいと思い、担当者さんに直訴したことがある。しかし、有名人限定のゲーム大会だったため、当然ながら断られた。
その担当者さんはまだこの業界にいらっしゃるので、こうして武道館を眺めていると、当時ご迷惑をおかけしたことを、謝りたい気持ちがふつふつと。


このように武道館とゲームには深いかかわりがあるのだが、もっと武道館とかかわりが深いのが格闘技である。考えてみれば、もともと東京オリンピックの柔道会場として造られた建物だから、当然の話だが。
『ゲームセンターあらし』に武道館が出てきたときにも、「アントニオ猪木や具志堅用高が死闘を演じたここ武道館」と説明されているが、わたしの印象に残っているのはもう少し後の時代で、ジャイアント馬場さんがご健在だった頃の全日本プロレスである。
当時の全日本プロレスでは、シリーズを締めくくるビッグマッチといえば武道館であった。チャンピオンカーニバルや年末の最強タッグの決勝戦。そしてもちろん三冠ヘビー級選手権。
そんな格闘技の殿堂で、対戦格闘ゲームブームに思いをはせる。
1991年、ゲームセンターに登場した『ストリートファイターII』(カプコン)が火付け役となって、大きなキャラクターが1対1で戦う、対戦格闘ゲームがブームとなったのだ。
『ストリートファイターII』は1992年、スーパーファミコンに移植。国内だけでも290万本を売り上げる大ヒットとなり、家庭用ゲーム機ユーザーにも、対戦格闘ゲームが浸透した。
『ストリートファイターII』以降、『餓狼伝説』『ワールドヒーローズ』『バーチャファイター』『鉄拳』など、数多くの対戦格闘ゲームが発売された。『ジョイメカファイト』も、そうした格闘ゲームの1つだ。
発売は1993年5月21日。機種は何と初代ファミコンである。
1993年のファミコン事情
1993年5月といえば、スーパーファミコンの全盛期。プレイステーションやセガサターンなどの「次世代ゲーム機」は翌1994年の発売だが、3DOやレーザーアクティブといった、高性能なゲーム機の発売が既に決まっていた。
あと対戦格闘ゲームといえば、SNKのネオジオを忘れてはならない。価格は高かったが、人気の『餓狼伝説』『龍虎の拳』(SNK)や、『ワールドヒーローズ』(アルファ電子)が、ゲームセンターと同じクオリティで遊べるようになっていた。
そんな時代のファミコンゲームなのだ。
もっとも、ファミコンでもこの時期には人気のゲームが多数登場している。
1992年の後半から1993年にかけて、『ダービースタリオン全国版』(アスキー)や、『ヨッシーのクッキー』(任天堂)、『星のカービィ 夢の泉の物語』(任天堂)、『マイティファイナルファイト』(カプコン)、そして『ロックマン』シリーズ(カプコン)、『くにおくん』シリーズ(テクノスジャパン)、『ファミスタ』シリーズ(ナムコ)などが発売された。
ソフトの数こそ少なかったものの、ファミコンというゲーム機の性能を生かした、凝ったゲームが多かったのだ。
『ジョイメカファイト』も、スーパーファミコンで作るのさえちょっと困難な対戦格闘ゲームを、ファミコンで作ることに挑戦し、見事に成功させている。
とはいえファミコンの性能で、大きなキャラクターをスムーズに動かすのはさすがに難しい。そこでこのゲームでは、大胆な工夫を行なっている。
キャラクターの腕や脚を省略し、頭・胴体・手・足先だけを表示させたのだ。


8ビットの限界に挑戦! 素早い動きと必殺技の応酬
戦うキャラクターは全員ロボット。
ある平和な国で、イーモン博士とワルナッチ博士が共同でロボットを製作していた。だがある日、ワルナッチ博士がロボットを従えて世界征服を宣言してしまう。イーモン博士の元に残ったのは、関西へ修業に出ていたお笑いロボットのスカポンのみ。
スカポンは、仲間だったロボットと戦って彼らを連れ戻す。そして合計8体で、ワルナッチ博士の率いる28体のロボットに挑むのだ。





それぞれのロボットには、4種類の必殺技がある(このゲームでは投げ技も必殺技に含めている)。
ファミコンのボタンは、スタートとセレクトを除くと、方向キーとA、Bしかない。『ストリートファイターII』が方向キー+6ボタン、『餓狼伝説』が方向キー+4ボタンなのに比べて、圧倒的に少ないのだ。
でも『ジョイメカファイト』では、少ないボタンを組み合わせて、ちゃんと必殺技のコマンドを成立させている。飛び道具のスピードも、方向キーで3段階にコントロールできる。


必殺技には派手なものが多い。飛び道具、対空技、連打系の打撃技、突進技といったところはひととおり網羅。一定時間無敵になる技や、透明になる技を使うロボットまでいる。
手足が伸びる技が多いのは、腕や脚が描かれていないこのゲームならでは。ヒューマノイド(人間型)タイプでないロボットも何体か存在し、トリッキーな技を駆使する。



『ジョイメカファイト』を実際にプレイすると、動きもスムーズだし、対戦格闘ゲームとして、純粋におもしろい。これがファミコンであることを忘れてしまうくらいだ。
当時既に「過去のマシン」であり、性能的に見劣りしていたファミコンが、ピークに達したスーパーファミコンや、その先に控えている若いゲーム機たちに、技術力を駆使して真っ向勝負。非力なマシンで、何とか他機種の格闘ゲームと勝負しようという、がむしゃらな気概を見せつけた。『ジョイメカファイト』はそんなゲームだったように思う。
若いファイターたちに交じって戦っているベテランのプロレスラー……例えば現役終盤頃の天龍源一郎選手あたりをほうふつとさせる。
一時代を作った古参のファイターは、いずれ表舞台から姿を消すことにはなるだろうが、いつしか伝説となって長く語り伝えられる。ファミコンもまた然りである。
ファミコンでは、1994年に発売された『高橋名人の冒険島IV』(ハドソン)が最後のソフトとなる。ファミコン本体の製造は続いていたものの、それも2003年に終了。表舞台から姿を消した。
しかし、2006年に発売されたWiiのバーチャルコンソールで、かつてのファミコンゲームが次々と復活した。最新のゲーム機ながら、もちろんグラフィックや音楽もファミコン時代のまま。ファミコンが表舞台への復帰を果たしたといえるだろう。
『ジョイメカファイト』もバーチャルコンソールでプレイすることができた。
難易度3段階のストーリーモード「1Pクエスト」のほか、2人での対戦、コンピュータとの対戦ができる。さらに、コンピュータ同士の対戦を観戦できるモードもある。1Pクエストをクリアすることで、対戦で使えるロボットが増え、最終的には登場する36体全部が使用可能。このゲームならではの、ユニークな戦いが堪能できる。
『ジョイメカファイト』は決して、「あの時代だから成り立った」というレベルのゲームではない。今プレイしても十分に楽しめるだろう。
お笑いロボット・スカポン
36体も登場するロボットたちの中で、私がいちばん好きなのは、このゲームの主人公「スカポン」である。
もともとお笑いロボットだったという設定のため、見た目もトボケているし、必殺技もユーモラスだ。
プロレスラーに例えると、菊タロー、男色ディーノといった選手に近いか。もっとも、菊タロー選手やディーノ選手は最初からプロレスラーで、芸人ではないが。
タレントで、そのキャラクターを生かした技を使う選手となると、レイザーラモンHGさんとRGさんが、いちばんスカポンのイメージに近いかと思う。
2020年代だと、もともとプロレスラーだが、タレントや芸人としても活躍する、スーパー・ササダンゴ・マシンさんもスカポンっぽいかもしれない。



お笑いロボットのスカポンが、やむを得ない事情によって格闘ロボットに改造され、戦いの場に身を投じるはめになる。負けたらワルナッチ博士に世界を征服されてしまうという、重いシチュエーションでの戦いだ。
実は私自身も、書いていた単行本がきわめてマジメな内容で、私のキャラと全然違うので悩んでいたことがある。そのためかなり難航し、ずるずると完成が遅れたあげくに、とうとう出版自体が見送られてしまった。(※)
だから、『ジョイメカファイト』をプレイして、スカポンの境遇に共感してしまった。さぞかし複雑な気持ちで戦っていたことだろう。
それでもスカポンは、気負いとか悲壮感とかそういったものを、その表情からは微塵も感じさせない。こういう彼の姿勢は私にとって、たいへん参考になる。見習いたい。
エンディングで、再びお笑いの世界に戻ったスカポンを見て、つくづく「良かったね」と思うのであった。
※ ちなみに、単行本用に書いていた文章の一部は後に、CESA(社団法人コンピュータエンターテインメント協会)の発行する『2006 CESAゲーム白書』と『テレビゲームのちょっといいおはなし・3』に掲載されました。
『テレビゲームのちょっといいおはなし・3』はCESAのサイトにも掲載されているのですが、PDFファイルで、検索エンジンに引っかかりにくく、またCESAのトップページからたどり着くのも容易ではありません。内容が古くなっていることもあり、一部加筆・修正して、以下の記事に掲載しました。
