あるOL彼女⑥V・A・C・A・T・I・O・N〜ホームにて〜
【デッキにて】
「気持ちいいなぁ〜。船旅も久しぶり。修学旅行以来かなぁ…」
つばの広い麦わら帽子を少し抑えながら、しおりは船上のデッキで旅を満喫中だった。
「あ〜ここにいた。はいよ、おまたせの麦茶。しかしまぁ、遠いところかなと思ったら、隣県の島じゃない。な〜にが海外よ!」アイスバーをかじりながら、夢乃はボヤいていた。
「まぁまぁ…隣県とは言え、離島に行くんだから『海外』には、違いないし」パキリとペットボトルの蓋を開けながらしおりは言った。
「てっきり『秘湯の旅』かと思ってたのに」アイスバーを焼き鳥のようにかじりながら、ボヤく夢乃。どうやら想像とはかなり違った様子だった。
「(いったい、どんな場所を想像してたんだろう?)」
副賞の「温泉旅行ペア二泊三日の旅」‥電車に揺られて小一時間、そこから船に乗り換え、また約一時間。どんな豪華な船旅かと思えば、内海に浮かぶ離島への温泉旅行だった。でも、どんな旅であろうと、堂々と会社を休んで行ける旅なんて、まず無いだろうし、賑やかなテーマパークよりも落ち着いた雰囲気の旅を好んでいた。そして、いま、ここにいる…幸せだなと、思っていた。
「(おおかたイケメン男子でも、探してるんでしょうねぇ…。)」食い気と色気は、自分の数段上を行く夢乃のことだ、ワンチャン狙いでも企んでるんだろう…。そしらぬふりをして、船の行く先をじっとみつめていた。
かたや夢乃の方はと言うと、あたりをキョロキョロと見回していて、とても景色を楽しんでるようには見えなかった。
暫くして、船内アナウンスが流れた。「お客様にご案内致します。当船は、あと20分ほどで港に到着いたします。デッキへ出られている方は、お手荷物の確認をお願いします。本船はあと20分ほどで港に到着いたします。お忘れ物が無いよう…」
「…だって。行こう!きっと島にいるよ、イケメン男子は」飲みかけのペットボトルの蓋を閉め、しおりは足早に船内に戻っていった。
「ちっ!」小さな舌打ちをした後、夢乃も船内へと戻っていった。
【ホームにて】
時間は少し遡って、しおりは出発の駅のホームでソワソワしていた。相方の夢乃が来ないからだ。
「…遅いなぁ。電車到着まで、あと10分もないのに…」小さな腕時計を見ながら呟(つぶや)いた。
「うぉ〜いっす、お待ちどうさま〜!」ガラガラとスーツケースを引っ張って、夢乃がやって来た。
「遅いよぉ、ローカル線は街と違って、時間厳守じゃないんだから!」少々、怒り気味だった。
山間に生まれ育ったしおりは、ローカル線の「あってないような時刻表の酷さ」を知っていた。
学生時代、通学電車での出来事。
「あと◯分ある。ギリギリ間に合う。そう言っている矢先、電車が眼前の駅を通過していく…。田舎のローカル線では「乗客のいない駅は通過する」という暗黙のルールがまかり通っていた。そのために何度、遅刻扱いになったことか…。
「大丈夫よ、今はそんな『どローカル線』でもちゃんと時間待ちしてくれるから」日傘をたたみながら夢乃が言った。
「(どローカル線はないでしょうに…)」ぷくっと、ふくれっ面を見せたしおりだったが、『間に合ったからいいか』と|安堵《あんど》の表情を浮かべた。
それよりしおりが一番、驚いたのは「夢乃の出で立ち」だった。
旅行慣れしたスーツケース、少し派手ではあるものの、UVケアを考えた初夏の旅コーデ、さり気なく光るピアス…。その、どれをとっても、見事と言う他なかった。ただ一点、「これから向かう先を、本当に意識しているのか?」という点を除いては。
「すごいね夢乃、なんとなくだけど、遅れた理由がわかる気がするよ」最上級の褒め言葉で賛辞する。
「…って、しおりはどうよ?まるで『これから実家へ帰ります』みたいな軽装で」
夢乃の指摘通り、しおりの服装は簡素だった。
麦わら帽子にオフホワイトのチュニックシャツに、ブルーパープルのカットソーカーディガン、少しあせたデニムパンツ。おしゃれとは言い難い「旅コーデ」だった。バッグも、スーツケースとショルダーポーチだけ。強いて挙げるなら、アラレちゃんのようなサングラスと、ネックレスぐらいだった。
当の本人からすれば「どうしてそこまでオシャレにこだわるのか?」ぐらいにしか思っていないからだった。
「…向こうに着いたら浴衣に着替えるんでしょう?海にも入らないし」怪訝そうに答える。
「そりゃそうだけどさ…(このあたりがニブいんだなぁしおりは…)」
乗車位置まで、ゴロゴロと重いカートを引きながらホームを歩く。
暫くして、下り方面から電車の接近を促す、警笛が聞こえてきた。
「(やっぱり、時刻表通りには来なかった…)」腕時計を見ながらしおりは呟いた。
二両編成の電車は定刻より3分早めの到着だった。
【海岸線にて】
磯の香りが、二人を招待した。
あの、なんとも言い難い潮の香り。胸いっぱいに深呼吸したしおりは、足早に送迎バスに乗り込んだ。
「また乗り換え?一体、どんな所に行くんだ?まさか、鹿とか出るんじゃ、無いでしょうね?」
あとに続く夢乃は、やっとこの時「自分の服装が的外れだ」ということに気がついた。
海岸線をゆっくりとワンマンバスは走る。
窓を開け、海岸線を眺めながらしおりは鼻歌を口ずさんでいた。
My baby takes the morning train….

「…ずいぶんとご機嫌ね?」
「うん!とっても!」ニコニコしながらしおりは言った。
「(だって、憧れだったもん…)」鼻歌を口ずさみながら、ずっと海岸線を見つめていた。
【ロビーにて】
「やっと着いた〜。あたしゃ、腰が砕けるかと思ったよ」バスから降りた夢乃は、腰をさすりながら言った。
「大袈裟だなぁ…。わっ、すごい匂い!」思わず鼻をつまみそうになるしおり。
温泉街独特の硫黄の匂いは、少し刺激が強すぎたようだった。
夢乃の方も別の意味で、悩んでいたようだった。
それは、入口右手に、ポツンと立てかけられた一枚の札だった。
「…どうでもいいけどさ、この「歓迎 〇〇様 御一行」の立札、どうにかなんないかな?」
「…確かに…まぁ、歓迎されてるんだし、とりあえず中に入ろ」
ロビーでは女将さんが、二人を丁寧にもてなしてくれた。
「どうも、遠路はるばるお疲れ様でした。さ、どうぞこちらがお部屋になります」
キャリーバックやら重たい荷物は、バスの運転手さんが、部屋まで持ってきてくれた。
「上げ膳据え膳とはこのこったね」夢乃は部屋の椅子に腰掛け、上得意客気取りだった。
「腰が砕けたんじゃ、なかったの?」麦茶のボトルを開けながら、しおりは言った。
「善きにはからえ」手持ちの扇子でひょいと一蹴する。
「(…バカ殿様?それに、もう冷蔵庫のビールを開けてるし…夢乃って、オフの時はいつもこんなのかなぁ…?)」
キャリーバッグの荷物を整理しながら、しおりは思った。
「さてと…」
キャリーバッグの整理を終えたしおりは、早速、何処かへ行こうかとしていた。
「ん?もうどっか行くの?もう、夕方だよ?」
半分飲みかけの缶ビールを手にしたまま聞いてきた。
「温泉旅行でしょ?温泉よ?他になにか?」
手にした浴衣を”ぽんぽん”と叩きながら言った。
「あ、お待ち!抜け駆けは許さぬぞ!」
何処までも時代劇がかった夢乃がのたまった。
「だってもう、呑んでんじゃん。悪酔いするでしょ?じゃ、お先に〜」
ヘヘっと言わんばかりのしおりは、そのまま案内板の指(ゆび)さす露天風呂へと向かっていった。
【夕方の露天風呂にて】
「わぁ〜きれい」
海岸線の彼方に沈みゆく陽を見ながら、しおりは思わず声にしてしまった。
源泉かけ流しの露天風呂、いつもとは違う開放感…。アパートの窓から眺める海岸線とは全く違う趣に、すっかりご満悦の様子だった。
「気持ちいい〜」
テレビの秘境巡りのレポーターよろしく、温泉水で腕を流しながら呟いた。
「(ずっとこんなに気持ちよかったら良いのに…)」
心の中でそう呟いてたとき、
「ずっとこんなに気持ちよかったら良いのに、なぁ〜んて思ってるっしょ?」
突然、背後から意地悪そうな声が耳に飛び込んできた。
「…!、ゆ、夢乃?」振り向きざまにしおりが反応した。
「何よ?私を置き去りにして、ひとりノスタルジーに浸っちゃって」
「ノスタルジーって…私は…」
「一人で沈みゆく夕日を見つめながら、うっとりと『このままずっとこんなだったら良いのに』なんてレポーター気分で、温泉に浸かってるんだから、突っ込みたくもなるわよ」
「(あ〜もう、どうして夢乃ってこうもデリカシーがないんだろう。せっかく人がいい気分に浸っているのに…)」
「こ〜んなに広い露天風呂を、貸し切りみたく一人で入ってても、つまんないでしょ?」
「(いやいや、一人のほうがいい時もあるんだって…)」目線を夕日の方にそらしながら、しおりはそう思った。
「お、しおり〜意外と大きいじゃん。いわゆる、着痩せするタイプってヤツか?」
「…!、意外とは失礼ね。コレでも…」と言いかけて、秒で止めた。
「…ふむ、私のサイズにはまだまだのようね。もっと鍛えましょう〜」
悔しいけれど、『色気と食い気』では夢乃には遠く及ばない。
「(コンテストの時から、少しは気に掛けてるけど、夢乃のEカップは夢の領域だわ…)」そう思った。
タオルで隠した自分の胸をチラッと覗き込みながら、しおりは現実に引き戻されてしまった。

「(大きけりゃ良いってもんでも、ないでしょうに…)」
ふてくされ気味の顔に、湯しぶきが飛んできた。
「…!」 夢乃が指で弾いたのだ。
「抜け駆けで露天風呂を独り占めしようとしたのがイケナイのだよ!」
もう一度、湯しぶきをかける夢乃。
「もう!怒るよ…ゆめ…」と言いかけて、気がついた。
夢乃の右手に持っているモノ…。それは防水対策仕様のスマホだった。
「撮ったの?…マジで!?」
「これでアリバイ成立だね〜、しおり君」
名探偵気取りの夢乃が言った。
「安心しなさい、インスタで拡散とかスレッドに|晒《さら》すとか、そういう事は一切いたしませんので」
「当り前でしょ!」
「うむ、我ながら良いアングルで撮れてる」
そういえば、広報部のカメラマンは夢乃だった…ひょっとしたらやりかねない…。一抹の不安がしおりの頭をよぎっていった…。
「な〜に、マジな顔してんの?無断転載なんてしないから、気にしないの」
一笑に付せる夢乃のほうが、むしろ怖かった。
暫くして、『|夕餉《げ》の|晩餐《ばんさん》』を告げるアナウンスが流れてきた。
遠く西の海岸線に沈みゆく夕日が、二人の掛け合いを惜しむように、ゆっくりと沈んでいった…。
…To be Continued.NeXT Essay.
公衆浴場での写真・動画の撮影は禁止されております。
今回は特別に「他に入浴している人がいない」
「事前にオーナーの許可を頂いている」事を元に、撮影しました(夢乃談)
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