あるOL彼女⑦Cécile〜曇りのち晴れ〜
【晩餐(ばんさん)は誰の為に?】
暫くして、二人の部屋に、「夕餉」が運ばれてきた。伊勢海老の活き造り、鮪やはまち、雲丹といった海鮮の刺身など、これぞ「豪華絢爛」というものだった。
「すっご!海老が動いてる!」興味津々の目でごちそうに目をやる、しおり。
それとは対照的に夢乃の方は、湯上がりの一杯から始まっていた。
「(オヤジか…)」そう思いつつ、夢乃をみてみると、どうやら様子が違う。何か、故意に料理から目をそらしているようだった。
「…どしたの?食べないの?」
「…い、いや。そういう訳じゃないけど、さ」言葉を濁すように言った。
「お魚が苦手なら、天ぷらとか頼めば?あ、塩枝豆のほういいかナ?」
「…これだけでいいよ…」缶ビールを揺らしながら、窓の外を眺めつつ夢乃が言った。
どうも変だ…まぁ、食べ物の好き嫌いは、誰にだってある事だし…。しおりはそのまま箸をすすめることにした。
「じゃ、遠慮なく…。海老からいこうかな?」コップのビールを手に、活伊勢海老に箸をのばそうした時、夢乃が小さく反応した。
「…、平気なの?」怪訝そうな声で夢乃が言った。
「何が?コレの事?」伊勢海老の刺身の切れ端を口に入れようとした時、悲鳴にも似た声が部屋をこだました。
「…キャーーッ!」
声の『大きさと意外さ』にびっくりしたのは、しおりの方だった。
「…!、どーしたの?急に?」
あまりの出来事に、しおりは手に取った刺身をテーブルに落としてしまった。
「う、…動いてる…のよ?平気なの?」
「はぁ〜?コレ(活伊勢海老)の事?…別に。ぜんぜん、まったく、なんとも」
「……苦手なんだ…動いてる物…」俯きながら、夢乃がボソリと呟いた。
「…本気で?じゃぁ、たこ焼きの鰹節とかも?」
「……うん、駄目。見るのも駄目」
「じゃあ、なんでカメラマンしてるの?あたしはOKで、魚が駄目なんて…?」
「人は別よ!…その、虫とか…人間以外の…おばけとか…あ、例えばだよ!」
不思議そうに夢乃を見るしおり
『意外と言えば意外…。一見、完全無双に見える夢乃に、こんな『弱点』があったなんて…』
「じゃ、お造りとか他のを食べたら?動かないよ」
「一緒にいてるの『が』駄目なの!」犬をシッシッと手で払いのけるかのように、夢乃は言った。
「ふぅ〜ん(そんなに拒絶しなくても…)」そう思いながら、しおりは夕餉の料理を、次々と平らげていった。
ふと、箸が止まった。(…イケナイ、夢乃だってお腹空かしているはず。食事を独り占めしている場合ではない!)
「ね、何か食べないと…お腹すくよ?おつまみでも頼む?」
「…いらない」そう言って、冷蔵庫の次の缶ビールに手を伸ばそうとした。
「駄目だよ、飲みすぎだってば!」夢乃の手をペシッと、手打ちにした。
「いいじゃん…!」そう言った夢乃の目が、活伊勢海老の方に『行ってしまった』。
「…ギャーーッ!まだ、動いてる!…しおりぃ!」
絶叫する夢乃。
…その時だった。夢乃がしおりに抱きついてきた!
「え…?ちょ、…夢乃!?」あまりに突然の行動に、しおりはどうすることもできなかった。
「だ、大丈夫だよ、別に取って食べようとか、しないから」苦笑交じりに言った。
「…ホント?飛んできたり、齧りついたりしない?」
言動がまるで、怯えた赤ちゃんのようだった。
「(あ〜どう言ったらいいかなぁ〜、こりゃ? きっとコオロギとGを間違うタチだな)」
半べそかいて抱きよる夢乃を、しおりはそっとなだめるのが精一杯だった…。
夕餉に出された伊勢海老がやっと動きを止めたのは、夢乃が肩元に頭を預けながら、すやすやと寝息を立てて眠ってからだった。
困ったのはしおりの方だった。夕餉の御馳走が、次々と運び込まれても、コレではロクに食べられなかった。
幸いな事に中居さんの機転で、ゆっくりと布団に寝かしつけてくれた。
「(今夜の処は、お食事はお一人分にしておきましょう。それと「弱点」も心得ておきます。今夜は添い寝してあげて下さいね。では、私はこれで…)」
襖を静かに閉めて、中居さんは出ていった。
「(う〜ん、しおりぃ…)」布団の上で寝ている「はず」の夢乃が言った。
(起きているの?!) 一瞬、ドキッとしたがやっぱり、眠っているようだった。
「(いや、待てよ…寝たふりと言う事もあり得るし…)」
しおりは夢乃の枕元で「なぁに?」と、聞いてみた。
「…しおり……好き……大好き……」
「(…はぃ?)」
いくら寝ぼけていても冗談にも程がある、起こして聞こうかと思ったが、気持ちよさげに眠っているようだった。
しかし何やら…意味深な言葉…。 しおりの方は悶々としてなかなか、眠りにつく事ができなかった…。
【Good Morning?】
カーテン越しの柔らかな日差しで、目が覚めたしおり。
「ん゙…ん〜ん…」ふと目を横にやると夢乃はまだ眠っているようだった。
一瞬、固まったしおりだったが、気を取り直し気づかれぬよう、そっと朝の露天風呂へ向かった。
温泉の湯気の向こうには、キラキラと朝の日差しに輝く海が一望できた。夕方の露天風呂も格別だったが、朝はそれにも増して美しかった。沈みゆく陽が一日の終わりを告げ「お疲れ様でした」ならば、登りゆく陽は一日の始まりを告げ「さぁ、新しい一日が始まるよ!」という、開始の合図なのかもしれなかった。
「しあわせだなぁ〜」うなじに温泉水をかけながら、心の中で呟いていた。
昨夕のように「カメラマン」に邪魔されることもなく、しおりはゆっくりと「貸し切り露天風呂」を満喫した…。
部屋に帰ると、ボサボサ髪の夢乃が洗顔中だった。
「おはよ。よく寝たなぁ〜。あ、朝湯に行ってたんだ」と、ケロッとした顔で歯みがきをしていた。
「おはよ…あの、昨夜のこと、なんにも覚えてないの?」しおりは首を傾げながら聞いてみた。
「…ちょっと飲みすぎたかなぁ…? あれ?しおり、何かあったの?目の下にくまさんがいるけど?」
「(酒の話かい!そりゃ、私が寝付いたのって午前さまよ。くまの一匹や二匹)」…あっけに取られたしおりは、返答する気もおこらなかった。あの確認事項だけを除いては…。
「そうじゃなくて…その…好きだとか何とか…」まるで蚊が鳴いているかのような声だった。
「ん?なんか言った?」口を漱ぎながら、まるで他人事のように言った。
「……うぅん、なんでもない。朝食は大宴会場だって」夢乃がそう言うんなら、それでいいだろうと、しおりは思った。
「おぉ、これぞ『日本の和食、ザ・朝御飯』だねぇ。いただきま〜す!」よほど、お腹が空いていたのだろう。干し魚、卵かけ御飯、焼きのり…次々と、平らげていった。
しかも、『おかわり!』ときた。
「(今度は小学生の修学旅行?)」マイペースで食べるしおりとは対照的な夢乃だった。
(へぇ…卵焼きってこうすると出汁が効くのか…お味噌汁はと…)料理の研究に余念がないしおり。
「ねぇね、今度のお弁当にはこんな卵焼きにしてみてよ?」冗談なのか本気なのか、わからない感じで言う夢乃。
(全く、デリカシーがないとは、夢乃の事を指すんだな…)味噌汁をすすりながら無言で頷いた。
【浜辺にて】
波打ち際でサンダルを脱ぎ二人は、素足で海岸沿いを歩いていた。
「気持ちいいなぁ、サクサクってこの感覚!」砂を踏みしめながら、しおりが言った。
「ほうほう、絵になるねぇこの景色。しおり、ホントに水着持ってこなかったの?」
「当たり前でしょ!」少し拗ねた顔で返す。
(そう、当の本人はラフな普段着なのに対し、夢乃はちゃっかり水着を着込んでいたからだ)
「それでは、ひっつき虫も付きませんぞ」
「(…人が砂浜の感覚を楽しんでいる時に…。いっそ、その胸の谷間にヤドカリでも置いてやろうか?)」昨夜のネタをしてやろうか?と思ったが…。
「(…にしても、昨夜の夢乃は一体何だったんだろう?あんな夢乃、初めてみた)」
足をふと止めて、しおりは思った。
その時だった。
「…!、しおり、そこで振り向いて!」夢乃の声が響いた。
「ん?なに…?」
カシャ!カシャ!カメラの音が鳴った。
「また、撮ってるの?」夢乃のカメラ好きも困ったもんだと呆れそうになった。
「これよ、コレコレ!この瞬間を待ってたのよ!」目を輝かせながら夢乃が言った。
小さなクーラーボックスの中身は、夢乃の愛機『OLYMPUS OM-10 BK』だった。
「この奥行き感はデジカメやスマホじゃ、出ないよね〜ウンウン」夢乃は密かにこのチャンスを待っていたのだった。
「え?…え? そんなにいいのが撮れたの? 見せて、見せて!」
パッっと笑顔のしおり。その言葉を遮るかのように夢乃は言った。
「だ〜〜め、っていうかフィルムカメラは現像しないと見れないの」
「コンテストの時は、すぐ見れたじゃない?」
「あのプレ(試写)は、デジカメだったからね。その場で iPad に転送できたけど、これは本撮影用の『SNOOPYぱんちゅ』と同じで、フィルムを現像しないと判らないの〜」
「あ!そうやってすぐ、人の黒歴史を持ち出してくる!」
「それだけ真に迫っていたのだよ。ま、カメラマンの腕次第って事かねぇ?」
鼻高々に話す夢乃。どうやら、カメラに固執するのには理由がありそうだった。

「ケチ」そう言ってしおりは、また砂浜を歩き出した。
「(そう言いなさんな、会社に戻ればびっくりするような写真が上がってくるから)」
物言い気味な笑みを作りながら愛機をしまう。代わりに底の方から、なにやら物を出してきた。
「ほら、コレ!」
「ひゃっ!」
しおりの首筋に当てられたのは、よく冷やされた『ノンアル缶酎ハイ』だった。
…やはり、夢乃も、夢乃の持ち物も『一筋縄ではいかない』と思う、しおりだった…。
…To be Continued.NeXT Episode.
いいなと思ったら応援しよう!
創作物には、有料にしたいのもやまやまなんですが、有料記事まで行きません。どうか、「応援したい」「続けて連載して」という方がいらっしゃいましたら、どうぞチップをくだちい。創作の活動費用に全額使わせていただきます。