あるOL彼女⑧Bachelor Girl〜さよならロンリー・ラブ〜
【YUMENO’S Camera】
しおりは帰りの船上のデッキで旅館の方をずっと見ていた。
「(不思議な事もあったけど、いい旅だったな…でも、まさか夢乃にあんな「弱点」があったなんて…)」デッキの片隅で物思いに耽る夢乃を見た。
「(そういえば、夢乃は『広報部志望』だっけか?部屋の中でもカメラの手入れだけは怠らなかったもんね…。きっと、何か特別なものなんだろうな…)」
目線に気づいたか、夢乃がこちらの方を見た。
「ん?何かいいものが見えたか?妄想少女よ」
「(……これだからなぁ。ときどき本物の夢乃がわからなくなってくる)」
「あのさ、いつも大事にしてるカメラなんだけど…」恐る恐る(?)聞いてみた。
「お、よくぞ聞いてくれた!あれこそ我が愛機『OLYMPUS OM-10 BK』なのだよ!」
急に熱ぽっく語る夢乃に、しおりは一瞬、たじろいだ。
「…びっくりしたぁ。そんなに凄いの?そのカメラ?」
「聞いて驚け!フィルム代だけで、一本約2,700円もするんだゾ!現像代もコミっとすると、3,500円のコスパの悪さ!」
「高っか!そんなにするの?普通のデジカメじゃ駄目なの?」
「ノンノンノンでございますよ。これだからトーシロは困る」人差し指を立て、左右に振る夢乃。
「(…の割に食べ物とかは、あれ駄目これ駄目って注文が多いのに、妙にカメラだけは固執する。前に、誤って触ろうとしてぶちギレされたことがあったもんなぁ…)」
夢乃にとってカメラは単なる「相棒」ではなさそうだった。
「そんなに大事なもんなの?」
「そ、命とプリンの次に大事」
「(命とプリンは対等かい!)」思わず突っ込みたくなったしおりだったが、その「熱愛っぷり」を聞いてみることにした。
【たからもの】
「う〜ん、ウチじゃもう取り扱ってないなぁ」街のショッピングモールにある店の店長は訝しそうに言葉を返した。
「…今どきフィルム式にこだわるなんて珍しい。カメラマン志望かい?」
「…まぁ、そんなに大それたもんでも…。今どきのデジカメやスマホでは簡単に撮れちゃいますからね。仕方ないか…」
度のきつい眼鏡をかけた店長は、困惑した彼女に声をかけた。
「……私の中古でよかったら、使ってみるかい?新品には叶わないけど、お嬢さんのメガネに叶うシロモノだという事は保証するが…」
「え?…でも、そんな…あの、ちなみにメーカーは何処なんですか?」
「ニコン…と言いたいところだが、コチラは流石に私の相棒なんでね、OLYMPUSだよ。OLYMPUS OM10」
その言葉に、彼女は間髪を入れなかった。
「……!ください!…じゃなかった。是非、譲って下さい!探し物はそれなんです!」
「…!こりゃまた…知っているのかい?」
「ひととおりのスペックは!あのコンパクトな機能美、馴染みいい操作感覚…どれですか?どこにあるんですか?」
カウンターを今にも飛び越えそうな勢いに、店長のメガネは今にもズレそうになった。
「ほほぅ。解るかね?ゴッツリした型ではなく、手に馴染むようなあのフォルムが…?」
「えぇ、ええ。解りますとも!あれこそが『ザ・一眼レフ』で…す…」
言いかけて夢乃は自分が今、何をしているのかやっと解ったようだった。
「…す、スミマセン。好きなコトになったらつい…」
「…どうやら、良い愛好家と巡り会えたようだ…」そう言うとメガネの店長は店の奥へと入っていった。
「…コイツだよ。少々、現場慣れしていて古傷はあるが…」
彼女の前に姿を現したのは、少し擦り傷は残るが、紛れもなく「 OLYMPUS OM-10」そのものだった。
ヌメリ皮に覆われたカメラ本体とレンズと道具一式。
彼女の目は光り輝いていた。自分の理想の相棒、伝説の武具がいま、目の前に…。
彼女は食い入る様にカメラを見つめていた。
「…コレだ…、すごい…」
丁寧に手入れされていたであろう、そのカメラは新古品と言っても過言ではないほどのシロモノだった。現場でついた擦り傷はまるで「歴戦の勲章」のようにも見えた。
「…コレ…、本当に譲って貰えるんですか?」彼女はまだ、半信半疑だった。
「ああ、今どき一眼レフカメラでココまで語れるお嬢さんは、そういないだろうからね。中古で良いなら、持ってきな」
彼女は初任給のありったけをカウンターに置いた。
「…今は、コレだけしかありません。『高卒の初任給』ですけど…。足りない分は、必ず返します!だから…譲って下さい!」
カウンターに当たるほど頭を下げて願った。それが彼女の精一杯の気持ちだった。
「…お古にコレだけたくさんは頂けねぇなぁ。お嬢さんの初任給だって?食費や家賃はどうすんだい?」
「……そんなの何とかなります!でもコレだけは…。お願いします、譲って下さい!」
「おいおい…、まるで私が、押し売りみたいじゃねえか…。いいから持ってきなって」
メガネの店長はほんの少しのお札を受け取り、大半を夢乃の方に押しやった。
「そんな…コレじゃ安すぎます!せめて…」と言いかけた時、店長の言葉が割って入った。
「いいから、持ってきな。その代わり、大事にしてくれよ。お古だから飽きましたって、売り飛ばすんじゃねぇよ」
苦笑いしながら店長は言った。
「…はい…ありがとうございます!大切に使わせていただきます!」
「いいのが撮れたら、ぜひ持ってきてくれよ。楽しみにしてるからな!」
「はい!」
彼女は残った勘定とカメラ一式を受け取り、小走りにアパートに帰っていった。
【約 束】
「…あのカメラは私にとって唯一無二の『相棒』なんだ……って、
おぃ!
なに一人でうるうるきてんだ?」
「…だって…、だ…って」しおりは夢乃の『カメラ熱愛』に言葉を失っていた。
そこまでして手に入れたカメラだからこそ「ここぞ」と言うときにしか使わないんだと、初めて知ったのだった。
「…でも、コンテストが終わったあと、フィルムを持っていった時にはお店はもうなかった」夢乃が寂しそうに言った。
ショッピングモールの一店舗には、申し訳程度の「閉店のお知らせ」が貼られ、空き店舗となっていた。
いいのが撮れたら、ぜひ持ってきてくれよ。楽しみにしてるからな!
一番最初に撮れた最高のスクープはしおりだった。それだけは伝えたかった…。
分厚いレンズのメガネをかけた店長とはそれっきり、逢うことはなかった。
「コンテスト終了後のピース姿のあんたは輝いてた。この中(フィルム)に収まりきらないほど、ね」
「…へへっ、照れるなぁ」
「これからも頼みますよ!ハイカラさん!!」
しおりが手にしている土産の「温泉饅頭」をつまみ上げ、口にしながら夢乃はデッキを後にした。
「…夢乃…。あ、またやられた!」
残り一つの温泉饅頭…。
「もう…」
少々ふくれっ面のしおりだったが、夢乃の『カメラ愛』にこんな物語があったんだ…、と納得した様子だった。
(命とプリンは対等なのか?…とするとスクープと温泉饅頭も対等…?…ん?)
「(なワケないか)『くすっ』と笑った後、しおりもデッキを後にした。
…To be Continued.NeXT Episode.
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