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【書道断片】滴水穿石

滴水穿石
あまだれいしをうがつ

わずかな水滴であっても、同じ場所に絶えず落ち続ければ、ついには堅い石に穴を穿つ。
転じて、どれほど小さな努力であっても、根気よく積み重ねれば、やがて大きな成果を成し遂げることができるという教えである。
この語は禅の教えとしても語られるが、その源流は中国の古典に求められ、宋代の羅大経『鶴林玉露』に見える「縄鋸木断、水滴石穿(水滴石を穿つ)」などがよく知られている。
したがって、厳密には禅宗だけに由来する言葉ではない。
しかし、その精神は禅と深く響き合う。
禅の修行に劇的な近道はない。
坐禅も掃除も食事も、日々同じ所作を繰り返す。
その一回一回は、水の一滴ほど微かなものである。 昨日と今日で何も変わっていないように思えても、その反復は知らぬ間に人の心を磨き、ものの見方を変えてゆく。
重要なのは、水滴が石を穿とうと力んでいるわけではないことである。
ただ落ちるべきところへ落ち続ける。
その結果として石が穿たれるのである。
ここに「滴水穿石」の深い味わいがある。
大志を掲げることよりも、今日なすべき小さなことを黙々となす。
成果を急がず、昨日と同じ一滴を今日も落とす。
その静かな持続の中に、いつしか人を変え、人生を変える力が宿るのである。

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