【書道断片】夏雲多奇峰

夏雲多奇峰
かうんきほうおおし
夏空に湧き立つ雲が、あたかも幾つもの奇峰を連ねるように、雄大で変化に富んだ姿を見せる。
中国・東晋の詩人、陶淵明(365〜427)の詩「四時」にある「夏雲多奇峰」に由来し、後世、禅の世界でも好んで用いられるようになった語である。
したがって、厳密には禅僧によって生まれた禅語ではない。 春には水が沢を満たし、夏には雲が奇峰をつくり、秋には月が明るく輝き、冬には嶺に孤松が立つ。
陶淵明は四季それぞれの姿を、余計な説明を加えず、そのまま詩として掬い取った。
「夏雲多奇峰」もまた、自然を意味によって解釈するのではなく、眼前に現れた生命の躍動そのものを受け取る言葉なのである。
禅的に味わえば、ここには「無常」の美がある。
夏雲は一瞬たりとも同じ形を保たない。
峰となったかと思えば崩れ、龍のように伸びたかと思えば、やがて青空へ消えてゆく。
しかし、消えるからこそ美しいのである。
人の世もまた夏雲に似ている。
境遇も感情も人間関係も絶えず姿を変える。
変化を押しとどめようとするのではなく、その時々に現れる景色を、そのまま受け入れる。
「夏雲多奇峰」とは、盛夏の雄大な風景を讃えると同時に、移ろいのただ中にこそ美があることを教えてくれる。
