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【書道断片】無事安穏

無事安穏
ぶじあんのん

災いや心配事がなく、穏やかで安らかな状態であること。
「無事」と「安穏」という、よく似た意味を持つ二語を重ねた言葉である。
しかし仏教、とりわけ禅の文脈における「無事」は、単に事件や病気が起こらないことだけを意味しない。
禅において「無事」とは、外に向かって何かを求め続ける心を離れ、いまここにある自己に安住する境地を指す。
中国・唐代の禅僧、臨済義玄(生没年不詳、9世紀)は『臨済録』において「無事是れ貴人」と説いた。
悟りや仏を自分の外側に探し求めるのではなく、求める心そのものを放ち、ありのままに生きる者こそ尊いという思想である。
一方、「安穏」は、身も心も静かで落ち着き、脅かされることのないさまをいう。
仏典にも広く見られる語であり、単なる安全ではなく、心の平安を含んでいる。
したがって「無事安穏」とは、何事も起こらない平坦な人生を願う言葉にとどまらない。
世の中が移ろい、思い通りにならぬことが起ころうとも、それに過度に振り回されず、今日を静かに生きることである。
何もない一日を「退屈」と見るのではなく、「無事」というかけがえのない恵みとして受け取る。
そこには、平凡な日常そのものを尊ぶ、日本の禅的な美意識が宿っている。

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