採用条件だけでは伝わらない~一人の学生が感じ取った、温かな園の空気~
先日、向山こども園に就職を考えている学生さんが見学に来てくれました。園内を自由に見てもらい、その後に話をする中で、私がとても嬉しくなった言葉がありました。
今日は、学生さんの見学を通して改めて感じた、日常の挨拶と園の文化について書いてみたいと思います。

見せたい姿ではなく、日常の姿を見てもらう
向山こども園には、就職先を考えている学生さんが見学に来てくれることがあります。
その際は、午前10時頃に来ていただき、まずはお昼まで自由に園内を見てもらいます。特定のクラスに案内したり、見学する場所を限定したりすることはありません。
子どもたちに保育者がどのように接しているのか、どのような遊びや生活が行われているのか、保育者同士がどのように関わっているのか。それぞれが興味を持った場所へ行き、自分の目で見てもらいます。
見学中に保育者と話しても構いませんし、子どもの様子をじっくり見ても、職員室の中を見てもOK。
できるだけ制限を設けず、普段の向山こども園をそのまま見てもらうようにしています。
その後、園内にあるカフェで一緒に昼食をとりながら、学生さんが疑問に思ったことや不安に感じていることにお答えします。
なぜ、このような見学の形にしているのか。それは、これから勤める可能性のある方に、園が見せたい部分だけを見せても仕方がないと思っているからです。
見栄えのよい場面を選び、経験豊富な保育者の保育だけを見てもらい、学生さんにも「自分にできそう」と思ってもらえるような説明をすれば、すぐに就職へつながる可能性は高くなるのかもしれません。
しかし、見学のときに見た姿と、実際に就職してから知る現実との差が大きければ、いずれ「こんなはずではなかった」ということが起こります。
だからこそ、よいところだけでなく、園の生々しい日常も含めて見てもらい、そのうえで「ここで働きたい」と思ってもらいたいのです。

きれいな話だけをしない
昼食をとりながらの話でも、できるだけ着飾った説明はしないようにしています。
園がどのような考え方で判断しているのか、保育や働き方について何を大切にしているのか、現在どのような課題があるのか。決して、きれいな話ばかりではありません。
もちろん、学生さんに不安を与えたいわけではありません。よい部分も課題も含めて、できるだけ正直に伝えたいと思っています。
そうした話を聞き、実際の園の姿を見たうえで就職した保育者は、向山こども園が大切にしていることをある程度理解して入ってきてくれます。それが、就職後の大きな行き違いや早期離職を防ぐことにもつながっているのではないかと思います。
今回来てくれた学生さんにも、午前中の保育を自由に見ていただき、その後、カフェでさまざまな話をしました。
ピアノのこと、職員同士の人間関係、園の保育、自分に仕事ができるのかという不安、そして働くことへの考え方。一つひとつの質問に、できるだけ丁寧にお答えしました。
とても礼儀正しい学生さんで、自分が疑問に感じていることや、勤め始めてからどうなるのか心配なことを、一つずつ慎重に質問してくれました。
私からも、「こういうことも心配ではありませんか」と尋ねながら、向山こども園がどのような園なのかをお伝えしました。

学生さんが一番心配していたこと
本人からの質問がある程度終わったところで、私は「人間関係のことは心配ではありませんか」と聞いてみました。
職場の人間関係は、就職を考える学生さんにとって大きな不安の一つだと言われています。しかし、自分から「この園は人間関係がよいですか」と尋ねるのは、なかなか勇気が必要です。
すると、その学生さんは「実は、人間関係のことを一番心配していました」と話してくれました。
そこで、向山こども園では、保育者が子どもから離れて仕事や話し合いのできるノンコンタクトタイムを、毎日最低1時間確保していることを伝えました。
よい人間関係をつくるためには、まず日常の中でコミュニケーションを取れる環境が必要だと考え、そのための時間を意識的につくっていることも説明しました。

制度や仕組みを伝えたうえで、私は「実際に見てみて、向山こども園はどのように見えましたか」と聞いてみました。
すると、「先生たちはとても優しかったです」と言ってくれました。ただ、見学先で「人間関係が悪そうに見えました」とは言えないでしょうから、少しは社交辞令もあるのかなと思いました。
しかし、その次に続いた言葉を聞いて、印象が大きく変わりました。
「こんなに挨拶をしてもらったことがないんです」と言うのです。
「こんなに挨拶をしてもらったことがない」
私は最初、その言葉の意味がよく分からず、「どういうことですか」と聞き返しました。学生さんは、これまでの実習先や、見学したほかの園での経験を話してくれました。
ほかの園でも、挨拶をされなかったわけではないそうです。ただ、通りすがりに軽く「どうも」と言われるような感じで、自分が歓迎されているという印象はあまり持てなかったそうです。
それに対して、向山こども園では、すれ違う保育者やほかのスタッフが、取り繕った感じではなく、普段どおり朗らかに挨拶をしてくれた。それが、とても嬉しかったと、にこにこしながら話してくれました。

この言葉を聞き、私は本当に嬉しくなりました。行事のときや外部の方が来園するときには、挨拶を大切にしようとスタッフにも伝えています。もちろん保育中ですから、子どもへの対応を後回しにしてまで、立ち止まって丁寧に挨拶をする必要はありません。
それでも、子どもたちも大人の姿を見ているからこそ、人と出会ったときに自然に挨拶を交わすことは大切にしたいと話しています。
ただ、今回の学生さんが感じ取ってくれたものは、そうした指導だけで生まれたものではないと思います。外部の方に挨拶をすることが、一人ひとりの保育者やスタッフにとって、特別な対応ではなく日常の所作になっているのです。
小さな所作に表れる園の文化
私も、視察の方や業者の方と一緒に園内を歩くことがあります。
そのとき、職員室だけでなく、園内のさまざまな場所で保育者やスタッフが自然に挨拶をしてくれる姿を見ると、少し誇らしい気持ちになることがあります。
挨拶をする。
道を譲る。
ドアを開けて待つ。
困っている様子があれば声をかける。

一つひとつは、とても小さな所作です。しかし、その小さな心遣いから、「あなたを歓迎しています」という気持ちは伝わります。
園長や視察の方、園を支えてくださっている業者の方など、立場のある相手にだけ丁寧に接するのではありません。
まだ就職するかどうかも分からない一人の学生さんにも、スタッフが自然に挨拶をしてくれた。その姿が学生さんの心に残ったことに、私は大きな意味を感じました。
就職先を選ぶうえでは、給与、残業の有無、持ち帰り仕事、休暇、AIやICTの活用、保育の形など、確認すべき条件がたくさんあります。
明文化できる条件は、もちろん大切です。
しかし、最終的に「ここで働いてみたい」と思うときには、保育者やスタッフが温かく迎えてくれたことや、職員同士が自然に挨拶を交わしていたことなど、言葉にしにくい雰囲気も強い後押しになるのだと思います。
雰囲気は、日常の積み重ねから生まれる
園の雰囲気は、見学の日だけ作ろうと思って作れるものではありません。
見学者が来るから、今日だけ笑顔で挨拶をしようとしても、どこかに不自然さが表れます。日常的に保育者やスタッフ同士が挨拶を交わし、必要なコミュニケーションを取り、お互いを一人の人として大切にする。
その積み重ねがあるからこそ、外部の方にも自然な形で表れるのだと思います。
園見学は、園が学生さんを評価する場ではありません。
学生さんが園を見て、自分がここで働く姿を想像できるかを確かめる場でもあります。だからこそ、園側が一方的に説明するだけではなく、普段の姿を見てもらうことに意味があります。
そして今回、私たちが説明していないところから、向山こども園の文化を感じ取ってもらえたことが、とても嬉しく思いました。
今日来てくれた学生さんと、いつか一緒に働ける未来があれば嬉しいと思います。
しかし、その結果にかかわらず、まずはこのような雰囲気を毎日の中でつくってくれている保育者やスタッフに、改めて感謝したいと思います。
誰かに見せるためではなく、誰に対しても自然に挨拶をする。その何げない姿が、向山こども園を訪れた人に安心を届け、園の文化そのものを伝えてくれていました。
