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仕事が遅い人が焦って見えない理由――手が遅いのではなく、その人だけ「工程数」が多いのかもしれない

「ほんとありえない。全部を言葉にしながら動いてるのかってぐらいスローなんだよ」

久しぶりに会った友人と飲んでいたら、職場の"仕事が遅い人"について、そう言った。

手が遅くて、一つひとつの動作が、見ている側からすると信じられないほどゆっくりしている。

しかも、焦っている様子がまるでない。

遅いだけでも困る。でも、それ以上にしんどいのは、焦っているように見えないことだ、そのせいで周りがイライラしている、と友人は言う。

分かっているのか。急ごうとしているのか。迷惑をかけている自覚があるのか。もっと率直に言えば——もしかして、バカにしているのか。

正直に告白すると、友人の話を聞いていて最初は僕も、友人と同じ側に立っていた。遅くて、焦らない。それは確かに、舐めているように見える。

でも、その「全部を言葉にしながら動いている」という表現が、妙に引っかかった。

悪口のようでいて、もしかするとかなり本質を突いているのかもしれない、と思ったのだ。


仕事が遅い人は、手が遅いのではなく工程数が多いのかもしれない

普通の人なら、手が勝手にやってくれる動作がある。

紙を取る。向きをそろえる。道具を持ち替える。袋に入れる。次に移る。

慣れてくると、こういう動きはほとんど自動運転になる。いちいち「右手で持って、左手で支えて、向きを確認して」と頭の中で読み上げたりしない。身体が、流れを覚える。

でも、発達性協調運動症——いわゆるDCD——っぽい不器用さがある場合、この「身体が勝手にやってくれる」が、うまく働かないことがあるらしい。

もちろん、その友人の同僚がそうだと診断する話ではない。僕は本人に会っていないし、専門家でもない。

ただ、「全部を言葉にしながら動いているように見える」と聞いたとき、僕が連想したのは、それだった。

本人の中では、ただ紙を取っているだけではないのかもしれない。

どこを持つか考える。向きが合っているか見る。力加減を調整する。次に何をするか思い出す。ミスしていないか確認する。また手元を見る。

周囲には一つの動作に見えるものが、本人の中では、いくつもの工程に分かれている。

つまり、手が遅いのではなく、その人だけ、工程数が多い。

みんなが無意識で通り抜けている場所を、その人だけ毎回、頭の中で手順を読み上げながら歩いている。

そう考えると、友人の言葉は、ただの悪口ではなかった。普通なら無意識で流れていく動作を、一つひとつ意識に上げて処理している姿——その実況中継だったのかもしれない。

自分のWAIS検査を思い出した

そんなことを考えていたら、あるエピソード――僕自身の――を思い出した。そう言えば確かに、僕自身もまったく同じズレを、内側から経験していた。

***

以前、WAISという心理検査を受けたことがある。WAISにはいくつかの下位指標があって、その中に、処理速度という項目がある。

この「処理速度」の検査中、僕は課題をかなり順調に進めているつもりだった。丁寧に、サクサクと。なんなら、4項目の中で処理速度のスコアが一番高いんじゃないか、とすら思っていた。

1ヶ月後、心理士の先生に結果を聞いた僕は、耳を疑った。

WAISの下位4項目の中で、処理速度のスコア(PSI)が一番低かったのだ。

正直、信じられなかった。「サクサク進んでいる」と感じていた項目が、一番弱かったなんて。

***

このとき、気づいた。

自分の中の速度感と、外から測定された速度は、こんなにもズレる。だとしたら——遅いのに焦っていない人は、本当に焦っていないのだろうか。

速度計がズレているから、焦れない

人は、自分が遅れていると分かるから焦る。

周囲より遅い。予定より遅い。このままだと間に合わない。そう検知できるから、焦りが生まれる。

でも、本人の中で「普通に進んでいる」「むしろ丁寧にやっている」という感覚だったら、どうだろう。

焦りは、出ない。

僕がWAISの検査中、そうだった。自分では丁寧にサクサク進んでいるつもりだったから、焦る理由がなかった。横で「もっと急げ」と思っている人がいたとしても、僕の内側では、すでにちゃんとやっている感覚だった。

焦っていないのではない。焦るための速度差を、検知できていない。

自分の速度計が、周囲の速度計とズレている。だから、焦りようがない。

周囲から見ると、遅いのに焦らない。だから、舐めているように見える。でも本人の中では、普通に——むしろ丁寧に、テキパキやっているつもりだったりする。

舐めているのではなく、速度計がズレた世界で、本人なりに普通に走っている。そういうことが、起きているのかもしれない。

理解することは、甘やかすことではない

だからといって、現場が全部を抱え込めばいい、という話ではない。

仕事には、必要な速度がある。最低限求められる水準がある。作業が遅い人がいることで他の人の負担が増えるなら、それは現実の問題として扱う必要がある。特性を理解することと、周囲が無限にカバーし続けることは、別の話だ。

ただ、その時に「やる気がない」「舐めている」「反省していない」と人格の問題にしてしまうと、解像度を間違える。

「遅い」という現象は同じでも、理由はいくつもある。やる気がない人もいる。緊張で固まっている人もいる。何をすればいいか分かっていない人もいる。そして、手順は分かっているのに、身体の自動化が追いついていない人もいる。

それを全部まとめて「舐めている」と読むと、対応を間違える。

「早くして」と言っても、早くならない

だから、もしあなたの周囲に「遅い人」がいるなら、一つだけ、持ち帰ってほしいことがある。

「早くして」と言っても、早くならないことがある。

なぜなら、本人はすでに「普通にやっている」つもりだからだ。ズレた速度計に向かって「速くしろ」と言っても、本人には届かない。

その場合に効くのは、精神論ではなく、外部化かもしれない。

例えば、「10分で1個仕上げよう」みたいに、基準時間を具体的かつ見えるようにする。作業のどこで時間を食っているのかを見て、工程ごとに分割した手順書を作る。この作業は、速度が必要なのか、丁寧さが必要なのかを、はっきり指示する。どうしても速度が必要なら、努力の問題ではなく、配置の問題として考える。

理解するというのは甘やかすことではなく、原因を見誤らないための、ただの作業だと思う。

その人は、あなたを舐めているのではない

遅いものは遅いし、現場で困ることを、なかったことにはできない。

でも、その人は、自分の速度計がズレた世界で、本人なりに、普通に走っているのだけなのかもしれない。みんなが無意識で通り抜けているその場所を、その人だけ毎回、頭の中でチェックリストを丁寧に読み上げながら、歩いているのかもしれない。

そして本人は、その歩き方しか、知らないのかもしれない。

僕も、WAISの結果を見るまでは、自分がその一人だとは、知らなかった。


《外から見た姿と、本人の内側がズレている》話の続き

「遅い」「反省していない」「平然としている」。外から貼られるこの手のラベルの裏側を、僕は何度も書いてきた。同じ構造を、別のラベルから解剖した記事を置いておく。気になったものから、どうぞ。

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