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【第5章-1】(前編)社長室長から無職のホームレスへ〜上場予定の社長室長が全てを失ってホームレスになるまで〜

■前書き

私は若い頃、身の丈に合わない借金と、肥大化した「根拠なきプライド」によって、文字通り社会の底辺まで転落した、絵に描いたようなダメ人間だった時期があります。これは、その時期のお話です。



■ 入社1年目でトップへ。掴み取った「社長室長」の座


20代後半の頃の私は、ある不動産ベンチャー企業に勤めていた。
そこはまさに上場を目前に控えたイケイケの会社で、100人近い社員がひしめき合っていた。
私はそこで、入社わずか1年目にしてトップクラスの営業成績を叩き出していた。
トップクラスになれた理由は、単純に死ぬほど頑張った、朝から晩まで泥臭い電話営業と訪問営業を繰り返したこと。そして、同僚達と違う営業先を開拓していったことにあった。

100人近い社員のうち、約半数が私と同じ業務、毎日泥臭い営業を行っていた。必然的に営業先は被りまくり、営業電話をかけてみても、
「またお宅の会社?毎日電話かけてこないでよ」
「業務の邪魔なんだよ」
「営業妨害だ!」
と言われる、ある意味迷惑な会社でもあった。
皆で毎日「同じような営業先に電話をかけている」という状況に辟易としていた、そして、あまり意味があると感じていなかった私は、自腹で高額な外資系企業名鑑を購入し、他の営業社員達とは異なる営業先に、毎日電話をかけまくった。

外資系企業名鑑には、大きな会社は色々な企業説明が書いてあったが、小さな会社になると、企業名・住所・電話番号・代表者名・主な業務くらいしか書いていなかった。
当然、小さな会社で外資系となると、電話に出る一言目が「Hello!」であることも多かった。あるいは受付は日本語だったが、「マーク社長(仮名)はいらっしゃいますか?」とお願いし、マーク社長に電話を替わってもらったら「Hello!」である。

私は日本語しか堪能ではない。(笑)
そんな時私は、電話の先で相手が何語を喋っていても、
「わたくし、株式会社〇〇の正気と申します。実は今回ーー」
と全て日本語で喋りつづけた。
相手が全く日本語が理解できていないと感じると、
「ソーリー」
と言ってから電話を切った。

そんなことを続けながら、ある意味ブルーオーシャンを開拓していった私は、気づけばトップクラスの数字を叩き出すに至っていた。数字はロジックと行動量で勝ち取るものだということを、私はこの時知った。

その実績をワンマン社長にえらく気に入られた私は、上場を見据えて新設された「社長室長」に若くして大抜擢された。

「会社が上場した暁には、お前を取締役社長室長にしてやる」

社長からはそんな破格の口約束まで頂いていた。20代後半にして、将来の上場企業役員の座が見えていたのだ。業務は一変し、私は社長の付き人となった。

■ 大物たちとの邂逅と、膨らみ続ける「ハッタリ」の風船


会社は上場前だったが資本金が数億円規模もあり、経営者の集まりでもそれなりの存在感を示している会社だった。私は社長の代理として、何度も会社経営者たちの集まりに出席した。
ある日の立食パーティー。私は円卓で、日本人なら誰でも知っている某大手金融会社の会長と同席し、懇談する機会に恵まれた。その会長は、20代後半の若造に過ぎない私にこう提案してくれたのだ。

「御社のビジネスとマッチングしそうな社長を知っているから、良かったら正気さんに会いにいかせるよ」

実際、その後、私よりも遥かに年上の会社経営者が、私にアポイントを取ってわざわざ会社まで会いに来てくれた。
大物たちと対等に渡り合っているという錯覚。私の中に、根拠の薄い自信とプライドが、風船のようにみるみる大きくなっていった。

しかしその反面、私は常に、張り裂けそうな恐怖と戦っていた。
私の仕事は、実力に見合わない「ハッタリ」の連続だったからだ。私はいつも、背伸びどころか、「つま先立ち」をしながら社長室長をやっていたようなものだった。

■ メッキを剥ぎ取った、業界の「本物の怪物」


そのメッキは、本物の前で一瞬にして剥がされた。
ある夜、私と社長、そして社長が起業前から付き合っている「先輩」の3人で酒を飲んでいた時のことだ。社長が嬉しそうに、その先輩に私を紹介してくれた。

「こいつ、なかなか良いんですよ。仕事ができるんです」

すると、その先輩は私の方をじっと見つめ、静かにこう言った。

「いや、こいつイマイチ、というかイマサンくらいだぞ」

まだ1、2回しか会ったことがないにもかかわらず、私の薄っぺらな実力など、その方にはすべて見抜かれていたのだ。
それもそのはずだった。その社長の先輩という方は、少し大袈裟に言うなら、ある意味日本の不動産を変えた、と言ってもいいほどの人物だった。業界のことを調べれば、すぐに名前が上がってくるレベルの本物のビジネスマン。
私など足元にも及ばないどころか、まだスタートラインにすら立っていない。全くステージが違うレベルの本物の怪物が目の前にいた。
見透かされた私は、ただただ困惑し、己の小ささに恐怖するししかかった。

■ 啖呵を切った決別と、「プライドの亡霊」


そんな張り詰めたつま先立ちの日々に、突然の終わりが来る。
私のサラ金からの借金の存在を、社長に知られてしまったのだ。理由はただの遊興費とパチンコだ。
社長は私を呼び出し、高圧的にこう指示してきた。
「親に連絡して、全額建て替えてもらえ」
普通の人間なら、ここで頭を下げて従ったかもしれない。しかし、当時の私には「つま先立ち」で肥大化したプライドのトゲがあった。親を巻き込まれることへの怒りと、プライドを傷つけられた反発から、私は口論の末、社長に啖呵を切ってその会社を辞めてしまった。
不思議なことに、会社を飛び出したその瞬間、私の心の中にあったのは「安堵」だった。

(ああ、これで、もうつま先立ちをしなくていいんだ――)

張り詰めたハッタリの日々から解放されたことに、私の本音はホッとしていたのだ。それなのに、一度膨らんでしまったプライドの亡霊だけは、無駄に大きなまま私の脳内に居座り続けた。
その後、私は2つの不動産会社に転職した。だが、脳内の亡霊が邪魔をする。
「俺は100人規模の会社の社長室長をやった男だ」
「上場企業の役員になるはずだったんだ」
新しい職場のルールや泥臭い現実に馴染めず、プライドのせいでどちらの会社もすぐに退職してしまった。

■ タイムリミット、仕事・金・家を失った日


気がつけば、私は完全な無職になっていた。
収入はゼロ。貯金もない。あるのは膨らみ続けるサラ金の借金だけ。
当時私は、その会社の同期の友人と、とある人気の街でルームシェアをしていたのだが、その友人もなかなか変わった男だった。彼も私より少し後に退職し、sns黎明期のオフ会ビジネスのピンハネで生計を立てるようになっていた。そして暫くすると「六本木に引っ越す」と告げられたのだ。集客のハッタリ(演出)のためである。
ハッタリの演出で六本木の華やかな街へと消えていく友人。
一方で、次の部屋を借りる初期費用など全くない無職の自分。

仕事も金も、住む家すら失った・・・


部屋にあった家具などの荷物をすべて外に出さなければならないタイムリミットが迫っていた。
残された家具一式を前に、私は途方に暮れていた。仕事はない。金もない。家もない。
ここから、私の人生で最もみじめで、最も泥臭いサバイバルが始まる。
(第5章-2、中編へ続く)


【次回予告】

サラ金の借金と、無職の恐怖。すべてを失い、完全にメッキが剥がれ落ちた私を待っていたのは、平成の「秋葉原の裏通り」だった。

不良グループ(半グレ)が路上で営む違和感だらけの違法ビジネス。
「強面×オタク街」という致命的なマーケティングバグを見抜いた元社長室長の私が、パーカーを纏ったサクラ戦略で最高売上の4倍を叩き出す、スリリングな心理戦が始まります。

第5章-2:『強面(こわもて)には見えないバグ 〜元社長室長が秋葉原の路上で見出した、半グレとオタクの隙間〜』

8月24日(月)朝7:30 公開予定です。どうぞお楽しみに。

👇【中編:秋葉原の半グレとオタクの隙間】はこちら👇

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