【第5章-3】(後編)レンタル倉庫の2階で、ブライダルキャンドルを灯した夜
■まえがき
マーケティングの穴を突き、一時的にある程度のお金を得ることができた私。しかし、モラルなき違法行為で得たあぶく銭が、狂い始めた人生の歯車を止めてくれるはずもなかった。
家を失い、行くあてもなく路上に放り出された無職の私。
しかし、私の心はまだ、みじめなプライドと甘えにしがみついていた。
■こんなはずでは・・・
私は、何人か先輩・友人に「しばらく泊めてほしい」と電話でお願いした。――答えは皆、冷たく拒絶だった。
後がなくなった私は、ついに最後のカードを切った。大学時代のバイト先の女子社員で、「間違いなく私のことが好きだった」一人の女の子の顔が浮かんだ。彼女の好意にすがるように、恥を忍んで「数日だけでいいから泊めてくれ」と電話で懇願した。
――結果は、彼女からも断られた。
かつて「上場企業の役員候補」ともてはやされた男のプライドが、電話口の冷たい沈黙によって完全に粉砕された瞬間だった。
■ 暗闇の鉄箱と、ブライダルキャンドル
社会の誰からも必要とされず、誰にも頼れない。本当の「孤独」を知った私は、かろうじて残っていた小銭をかき集めて、東京の板橋にある一番安い屋外の「レンタル倉庫(コンテナ)」を契約した。
そして、レンタカーを借り、自分で汗だくになりながら自分の部屋にあった家具を板橋のコンテナへと運び込んだ。
自分の荷物が詰まったレンタル倉庫の前に佇み、腹をくくって、鉄の扉をガラガラと開けた。
それは冬の凍えるような寒い時期だった。
私が借りたのは、2段に積み上げられたコンテナの「2階」の部分だった。
夜中、誰の目にも触れないよう、静かに敷地内へ侵入する。
倉庫の中には、当然だが電気など通っていない。真っ暗闇の鉄の箱だ。そこで私が明かりとして取り出したのは、大学生の時にホテルの音響照明バイトで貰い、なぜか荷物の中に眠っていた「ブライダルのキャンドルサービス用の太くて巨大な蝋燭(ろうそく)」だった。
かつて、他人のきらびやかな結婚式を演出していた太い蝋燭が、まさか無職になってサラ金の借金以外何もない、全てに拒絶された自分のホームレス生活の灯火になるとは、人生分からないものである。
鉄箱の中で蝋燭を灯すと、微かなオレンジの光が自分の荷物を照らし出した。
だが、ここで私の「正気フィルター」が働いた。鉄のコンテナの扉を完全に閉め切って蝋燭を燃やし続ければ、確実に一酸化炭素中毒で死ぬ。
死の危険を察知した私は、「冬の極寒の夜」であるにもかかわらず、コンテナの鉄の重い扉を少しだけ開けたまま寝るという選択をせざるを得なかった。
■ 2階に取り残された、最高のコメディ
寝心地は、言うまでもなく最悪だった。隙間から入ってくる冬の冷気にガタガタと震えながら、荷物の隙間で身体を丸めて夜を明かした。冬場だったからこそ、数日間お風呂に入らなくても体臭が目立たなかったことだけが、唯一の救いだった。
2階部分への上り下りは、敷地内にあるキャスター付きの大きな移動式鉄階段をガラガラと引っ張ってきて足場にするのだが、ある朝目が覚めると、寝ているうちに誰かがその階段を移動してしまったようで、私が地上に降りる手段が完全になくなっていた。飛び降りるには足をくじきそうな高さのため、必死に冷や汗をかきながら難儀して降りた時間は、今思い出しても最高のコメディである。下りた後は、公園の冷たい水道で顔を洗い、無職の身空で街へと這い出していった。
■ プライドの完全なる粉砕と、現実のロジック
そんな極寒の鉄の箱での生活を毎日続けるわけにもいかず、漫画喫茶に泊まったりもしたのだが、そんな生活は1週間で限界を迎えた。
私はついに、プライドを全て捨てて、地方の実家の親に連絡をしていた。そして頭を下げ、引っ越し費用を口座に振り込んでもらったのだ。
はからずも、ここまで徹底的に落ちぶれた果てに、私は自分が口論の末に蹴り飛ばしたあのベンチャー企業のワンマン社長が、最初に放った指示通りの行動を取ることになった。
「親に連絡して、全額建て替えてもらえ」。
あの社長の言葉は、私の浅薄なハッタリを見抜いた、あまりにも冷酷で正しい「現実のロジック」だったのだ。思い知らされた己の未熟さに、胸が締め付けられるようだった。
振り込んでもらった資金を手に、私は板橋のコンテナを抜け出し、郊外にある家賃の安い木造アパート「浜岡荘(仮名)」へと引っ越した。そこが、私の新たなリスタートの地となった。
■ 両足を大地に突き立て、掴んだ本物の230万円
私は、完全歩合制(フルコミッション)の不動産仲介会社へと入社した。
ハッタリや背伸びが一切通用しない、売った人間だけが金を掴む、むき出しの完全実力主義の世界。
かつて「つま先立ち」で怯えていた私は、今度はしっかりと両足を大地に突き立て、死に物狂いで泥臭く数字を追いかけた。
その会社の給与形態は、入社2ヶ月間は助走期間として30万円の固定給があり、3ヶ月目から完全歩合給へと移行するものだった。入金のタイミングを狙っていたのと幸運も重なり、私は最初の歩合給で「230万円」の報酬を獲得した。
自分の通帳に印字されたその生々しい数字を見た時、私はようやく復活したことを確信することができた。
カルトやマルチの信者が夢見る「何もしなくても入ってくる不労所得」などではない。自分の足で稼ぎ、自分の脳でロジックを組み立てて掴み取った、復活の230万円だった。
■ 板橋の冷たい星空が、今も正気を研ぎ澄ます
人間は、脆い。カルトやマルチの思想だけでなく、「過去の栄光や肥大化したプライド、そして甘いハッタリの演出」によっても、一瞬でコンテナの2階まで転落する。
だからこそ、私は這い上がった後、二度と「借金」と「身の丈に合わないプライド」に自分の人生の主導権を渡さないと誓った。
世間の「レバレッジ(融資)をかけて一発逆転!」という派手な不動産投資セミナーを私が鼻で笑うのは、かつてサラ金と無職の恐怖、そして自分のメッキが剥がれていく本当のどん底を、この板橋の鉄の箱の中で誰よりも思い知ったからだ。
今、私は現役サラリーマンとして働きながら、キャッシュで購入した、無借金の物件を6つ回してそれなりに家賃収入を得ている。
あの冬の夜、少し開けたコンテナの扉の隙間から見えた板橋の冷たい星空は、今も私の「正気」を研ぎ澄ます、原点の記憶として輝いている。
【次回予告】
次回から、いよいよ新章が突入します。
板橋のレンタル倉庫から抜け出すことに成功した私は、就職した完全歩合給の不動産仲介会社で最初の歩合230万円を獲得し、無事に復活することができました。ようやく平穏な生活を取り戻した――はずでした。
第6章では、この完全歩合給の会社在籍時の様々な出来事を、5話のオムニバス形式で綴っていきます。
―詐欺、詐欺、新宗教、経営者の見誤り、そしてまたしても私自身の焦燥―
その幕開けとなる第1話は、なんと私が引っ越したアパートの「真下の1階の空き店舗」に、あの怪しい催眠商法(SF商法)の集団が物理的に引っ越してくる怪事件です。
第6章-1:『今度は物理的にやってきた 〜復活のアパートの1階を占拠した、催眠商法の歪んだ熱狂〜』
8月31日(月)朝7:30 公開予定です。どうぞお楽しみに。
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