「言わなくても察して」は一番のわがままだった|話し合いが怖くて逃げていたのは怒りで壊してしまいそうだったから
「ねえ、いまちょっと話せるかな?」
相手からそう言われた時、胸がギュッと締め付けられるような嫌な予感がする。
本当は、相手の話をちゃんと聞いてあげたい。受け止めてあげたい。 そう思っているはずなのに、気づけば冗談めかして話題を逸らしたり、また今度にしよう。とはぐらかしたりして、まともな話し合いを避けてしまうようになってた。
そんな自分に対してまた逃げてしまった。冷たい人間だな。と罪悪感を感じてしまう。でも、話し合いを避けていた本当の理由は、相手がどうでもいいからではなかった。
自分の中に溜まった怒りが爆発し、関係が完全に壊れてしまうことへの恐怖が強すぎたからだ。
その怒りを優しさや冷めたフリにすり替えて、自分をごまかし続けていた。言わなくても分かってほしい。どうせ言っても無駄。と口を閉ざしてしまう根底には、相手への強い怒りや失望が隠れていました。
❶ 怒りは我慢し続けた優しさの終着駅
これまで相手に合わせすぎたり、本音を言えずに我慢を重ねてきたりした人ほど、心の中に、踏みつけにされた小さな傷が蓄積されていく。
本当はあの時、悲しかった。 本当はあの時、怒りたかった。でも嫌われたくない。争いたくない。と自分の感情を殺し蓋をしてきた。 正確にはそれは優しさではなく怒ることが怖くて、心を麻痺させていただけだった。
その抑圧された悲しみは時間をかけて熟成され、しんどさや強い怒りへと姿を変えて心の中にプールされていく。
ただし、お相手にとっては頼んでもいない、こちらが勝手に我慢していただけ。というのは、前回記事内の「❸勝手に我慢していた自分と、頼んでない相手」でも触れました。
注*1:巻末にリンク先貼っておきます
そうやって負の気持ちが限界を迎えるまで募っていきます。
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❷ 怒りの蓋を開けない安全弁として
向き合って話し合おうとすると、脳は瞬時に察知する。今この蓋を開けたら、今まで溜め込んできた怒りが全部あふれ出してしまう、と。
一度怒りを爆発させてしまったら、相手を強く責めてしまうかもしれない。取り返しのつかない暴言を吐いてしまうかもしれない。そうやって相手を傷つけることでこの関係が終わってしまうかもしれない。
だから脳は守るための緊急防衛として、はぐらかす、逃げる、無関心を装う、という選択をさせる。つまり話し合いを避けるといった行動は、自分なりの必死の関係防衛。安全弁としての行動を取る。
ただしこちらも過去記事で触れていますが、見ないフリをして陰で愚痴をこぼすようになっていたらもはや危険信号です。
注*2:こちらも巻末にリンク先貼っておきます
記事内「❶ 違和感をなかったことにしない」より
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❸ 怒りの下にある「本当の第一感情」に気づく
心理学上では、"怒り"は「第二感情」と呼ばれ、怒りという感情の直前には必ず、寂しかった。分かってほしかった。悲しかった。という
「第一感情」が存在する。
怒りとして出すと攻撃にしかならないが、悲しかったという第一感情に気づけるだけで、自分の中の尖った感情も少しだけ丸みを帯びた柔らかいものとして伝えることができていたかもしれない。
また、話し合いを避けてしまうようになったのには、相手に怒りをぶつけるのが怖かっただけではなく、こんなに悲しかったことを伝えたとしても、どうせ理解してもらえない。といった感情からだった。
感謝もされない。むしろ反発を受けるかも。相手がどう思うのか。何て言われるのか直接耳にするのを怖がっていた。だから察してくれる事を願った。
欲しい言葉はきっと来ない。想像がつくから、我慢すればいい。いつかわかってくれる時がくるかも。変わってくれるはずだ。と、脳も勝手に事実を歪めて説得に協力した。
そうして話し合うこともしないまま、負の感情は自分でも気づかないうちに、溢れそうにまで溜まっていってました。
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❹ 怒りを安全に小さく差し出す
話し合いとは、0か100か。つまり全我慢か、大爆発かの二者択一ではない。感情が100まで溜まってから向き合おうとするから、爆発が怖くて逃げたくなる。
話を聞くのが怖い時は、今ちょっと心に余裕がないから、明日15分だけ話そう。と時間を区切ったり、怒りをぶつけるのではなく、あの時実は少し寂しかったんだ。と悲しかった気持ちだけを小さく伝える。
こういった10%程度の小さなお願いや本音を日頃から出していくことは、大爆発を防いでくれる避雷針になってくれそうだから。
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## 逃げていたのは、壊したくなかったから
伝えたいことはこちらにもあったのに、感情的になり怒ってしまいそう。と話し合うことを避けた。
ただ逃げていたのではなく、二人で築いてきた関係を自分の手で壊してしまうのが怖かった。それだけ相手のことを大切に思い、同時に自分も傷ついてもきた。
ただ勝手な思い込みで言葉にすることを恐れ、自分の中に気持ちを閉じ込めた。自分はこれだけ自分を犠牲にしてきたのに、といった気持ちも怒りとなり更に後押しした。気づいてくれない相手を責めた。
いま思えば相手の気持ちを考えることができなくなっていた自分しかいなかった。
逆なら重い。そうなる前に言ってよ。と言っていたはずだ。なんかお互い様だった。
変なとこだけ似たもの同士も困ったものだと、伝えあった時はお互い笑うしかありませんでした。
最後に伝え合うことができただけでも、今までとは違っていた。きっかけはささいな話しからだったんです。あの時はこうだった。そうだったんだ。と不思議なほど冷静に気持ちを交換しあえた。
本音を我慢し、話し合いを避けてしまっていたのは相手との関係を壊したくなかったという気持ちからで、つらい自分なりに必死に守ろうとしていただけでした。
まだうまく話せないかもしれないという気持ちだけでもいいから、少しずつ伝えていく。
一滴づつ溜まるのと同じように、一滴づつでもいいから伝えてみてください。いまからでも遅くはないし、1日でも早いに越したことはありませんから。
### 📖 書いてみて思ったこと
嫌われないようにいい人を演じておきながら、察して欲しいという、一番無茶とわがままを言っていたのは自分でした。という話し。
頭の中で考えているだけだと最低な自分に毎晩悶々とするだけでしたが、書き出すことで思考が自分から切り離される「言語化」と「外在化」となって客観視できてることに随分救われてます。
人からの相談はよく受けてたけど、自分のことを他人に相談するのが得意ではなかった。というかほとんどしてこなかった自分には、ここは丁度いい感じです。
↓注*1:記事内で触れた過去投稿のリンク先↓
※「❸勝手に我慢していた自分と、頼んでない相手」より
↓注*2:記事内で触れた過去投稿のリンク先↓
※「❶ 違和感をなかったことにしない」より
