小説|諦めた夢の先に、本当の自分がいた。 8
こんばんは。本日も数ある記事の中から目を留めていただきありがとうございます。
先月から掲載しております創作大賞2026に応募した小説の最終章になります。
エピローグ
三脚にセットしたスマホに向かって、瑠璃子は笑顔を向けた。
身につけたお気に入りのワンピースとアクセサリーは、ずいぶん前に安いけれど可愛い商品がたくさんある、と評判のショップで購入したものだ。
何枚か撮影し、一番自分らしいと思える一枚を選ぶ。目元のシワも、ほうれい線も気にはなるが、加工はしないと決めた。
初投稿用の写真の準備が終わり、投稿文を打とうとして、その指が止まる。
「新しく作ったアカウント用の自己紹介文を作って」
迷いながらも、AIに語りかけた。
「はじめまして。神原瑠璃子と申します。
若いころは舞台女優を目指し、現在は派遣社員として働く50代のシングル女性です。
このアカウントでは、限られた予算の中でも自分らしいスタイルを楽しむためのプチプラファッションとコスメ情報を発信していきます。
ターゲットは同世代の働く女性。『無理せず、でも妥協しない』をコンセプトに、リアルな日常からお届けします。
フォロー&いいねをよろしくお願いします」
なんの淀みもない、美しい文章だ。
それなのに、なぜかしっくりこない。
せっかく、意を決して始めようとしているのに、出鼻をくじかれた気分だ。
「ふぅ~」
深く、そして大きく呼吸をすると、瑠璃子は背筋を伸ばした。
彼女は画面をタップし、美しくも無機質な文章をバックスペースキーで消していく。
それは同時に、「生きるため」と割り切って過ごしてきたこれまでの時間さえもデリートしていった。
じっくりと自分の言葉を絞り出していく作業は、決してスムーズなものではなかった。
でも、言葉を紡ぎ出すたび、自分の中でここしばらく感じることのなかった感情が込み上げてくるのを感じていた。
それは、自分を信じて疑うことを知らなかった遠い過去に抱いた想いとよく似ている。
『はじめまして、瑠璃子です。 20代のときは舞台女優を目指し、必死に努力をしていました。
残念ながら、その念願が叶うことはなかったけれど、そのころに身につけた知識や経験が私の武器です。
ランチは毎日おむすび。洋服もメイク用品もプチプラを愛用していて、決して豊かとはいえません。
でも、これまで培ってきたもののおかげで、自分の魅力を最大限に引き出すことができています。
そんな等身大の私の姿を発信することで、誰かのお役に立てたらいいなと、心から思っています』
「……よし」
自ら書き上げた文章を読み返すと、自然と心からの笑みがこぼれる。
「瑠璃ちゃん、フォロワー数増えた?」
それが、毎週日曜日に佳津子と文ちゃんが放つ瑠璃子への第一声だ。
「増えましたよ。今週は3人」
初投稿となった梅干しのおむすびの写真に押された”いいね”は、3つだけ。そのうちの1つは瑠璃子自身が押したものだ。
フォロワー数は、まだ、100人にも満たない。
ただ、最近はAIとの会話より、フォロワーとのコメントを通した交流の時間のほうが増えた。
収入が大きく増える気配も感じられない。しかし、瑠璃子は少しずつ手応えを感じ始めている。
失くしたと思っていた情熱のカケラは、彼女の心の奥にしまわれていただけだった。
了
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