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山田五郎さんと「ポストパンク」の世代

まあ、引き続き山田五郎さんをダシにして申し訳ないけれど。

SNSを見ていると、山田五郎さんがいかに愛されていたかわかりますね。彼の人徳と言うべきでしょう。

それとともに、みうらじゅんとのコラボとか、タモリ倶楽部とかも「面白かった」と称えられていました。


山田さんの訃報とは直接関係ないけど、同時期、Xではなぜか浅田彰が話題になっていて、こちらでは浅田の人気ぶりが如実でした。

なんか急にみんな「80年代サブカル」の時代を懐かしみ、愛おしがっている感じ。

山田さんと同世代の人間としては、そんな印象を受けたんですね。


バブル期と重なる「80年代サブカル」には、いい面と悪い面があって、悪い面については、このnoteで私も書いてきました。

でも、山田五郎さんなんかは、「いい面」を継承した人と言えますね。


どういう時代だったか、「いい面」の背景に何があったか、同世代の視点から、若い人たちにもわかるように説明したい、と思い立ちました。


「ポストパンク」という言葉をキーワードにすればどうかと思ったんです。

1970年代後半は、パンクの時代だったんですが、山田さんや私が大学生だった頃は、基本的にはそれは終わって、いわゆる「ポストパンク」の時代でした。

「ポストパンク」は、同時代にはむしろ「ニューウェーブ」と呼ばれていました。当時は、そこまでパンクの終わりや時代の変わり目を意識してなかったと思います。


狭義の「ポストバンク」ムーブメントは、だいたい1978年から1984年のこととされます。

山田五郎さんが上智大の新聞学科を卒業して、講談社に入ったのが1981年。

「タモリ倶楽部」の放送開始が1982年です。


GoogleのAIは、「ポストパンク」というサブジャンルを、以下のように説明しています。


ポストパンクは、1970年代後半のパンク・ロック・ムーブメントから派生したロックのサブジャンルです。パンクの「DIY(自分たちでやる)」精神や反体制的な姿勢を継承しつつ、アーティストたちはアヴァンギャルド、アート・ロック、エレクトロニック・ミュージックの領域へと音楽性を広げ、鋭角的なギター・サウンド、疾走感のあるベースライン、そして内省的で陰鬱なテーマを取り入れました。


つまり、パンク同様、反体制的、DIY的でありつつ、オリジナルパンクほど暴力的、反抗的ではなく、アート的で、知的でした。

ロックバンドで言えば、アメリカではニューヨークを中心に活動したブロンディ、トーキング・ヘッズ、B52'sなどが代表的です。


そして、それはロックや音楽だけではなく、もう少し広い文化現象を基盤にしていました。

それは、ゲイやクィアたちのコミュニティです。

典型的には「B52's(ビーフィフティツーズ)」がそうで、メンバーはほとんどゲイかクィアでした。


彼らの文化は独特で、スーザン・ソンタグが60年代の出世作「キャンプとは何か」で取り上げたようなものです。

悪趣味を楽しむ。俗悪さや人工的なものを評価する。とにかく派手で普通でないものを歓迎するーーなど。

B52'sの音楽がそう評価されたように、その核心には、「真剣にふざける」という姿勢があります。


山田五郎さんやタモリがゲイだというわけではありませんが(どちらも妻帯者)、彼らがそうしたキャンピーでクィア的な文化を好み、メディアで広げたのは間違いないと思います。

人々が、彼らの番組で面白いと思ったのは、まさにその部分ではないでしょうか。


それは、これまで無視されたところに「楽しみ」を見つける文化であり、同時代の「ポストパンク」と美学を共有していました。

理屈ではなく「楽しさ」を優先させる点が重要です。


ちなみに浅田彰氏も、1984年に雑誌「ゲイ・サイエンス(GS 楽しき知識)」の発行を始めます。

同じ文化をもとにしているのがわかるでしょう。


そこには、性別や階級を超え、社会の抑圧や秩序から逃れて、わいわいと楽しく悪ふざけしているような共同体文化がありました。

それが、あの時代に、同世代の人たちが見た、ある種の希望だったんですね。


しかし、その文化は、少なくともアメリカでは、エイズの流行によって、いったん退場を余儀なくされました。B52'sも、メンバーがエイズで亡くなり、一時活動を休止します。

日本では、バブルとその終焉、という時代の流れの中で、当初のパーティー的な「楽しさ」が消えていきました。


山田五郎さんや浅田彰氏らは、同世代的な感覚で言えば、あの時代の「いい面」を身にまとったまま、その後も頑張ってるな、みたいな感じでした。


そういえば、トーキング・ヘッズのデヴィッド・バーンもまだ頑張ってるし、B52'sも、まだコンサートをやってるらしい。

その70歳代になったB52'sのボーカル、フレッド・シュナイダーの顔が、山田五郎さんそっくりだった、というのが、この記事を思いついたきっかけでした。


2026年のライブで、B52'sのフレッド・シュナイダー


<以下余談>


B52'sは、日本では理解されていないし、エラソーに言ってる私も最近研究を始めたバンドなので、いずれ改めて紹介したいです。

B52'sという名前が、日本人にはよくなかったよね。日本人はアメリカに空襲された側だから。1979年に日本で出たデビュー盤の邦題も「警告! THE B52'S来襲」だからね。

「B52」というのは、メンバーの派手な髪型の別名で、彼らに他意はないのですが。


下が、最近おこなわれたという彼らのライブですが、気の毒なほどの元気のなさで、正直見るのがつらい映像。見なくていいです。


Love shack live. B52’s live in Manchester June 2026


若いときの彼らは最高のパーティーバンドでした。日本以外では大ヒットした「ラブ・シャック」(1989)のミュージックビデオは、私が上で述べたような、ゲイ的でクィア的な文化、その活気や楽しさを、よく表現していると思います。


The B-52's - Love Shack (Official Music Video)



<参考>


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