オレ視点の「80年代らしい楽曲」トップ10
ウォッチモジョ・ジャパンが昨日、「史上最も80年代らしい楽曲トップ10」というYouTube動画を上げていました。
史上最も80年代らしい楽曲トップ10(WatchMojo Japan 2026/7/28)
この動画で挙げられているのは、次の10曲です。(ベスト10形式)
10 「アイ・オブ・ザ・タイガー」(サバイバー、1982)
9 「マニアック」(マイケル・センベロ、1983)
8 「シスコはロック・シティ」(スターシップ、1985)
7 「ドント・ユー Don't You (Forget About Me)」(シンプル・マインズ、1985)
6 「リラックス」(フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッド、1983)
5 「ガールズ・ジャスト・ワナ・ハヴ・ファン(ハイ・スクールはダンステリア)」(シンディ・ローパー、1983)
4 「(ネバー・ゴナ・)ギブ・ユー・アップ」(リック・アストリー、1987)
3 「ウキウキ・ウェイク・ミー・アップ(ウェイク・ミー・アップ・ビフォアー・ユー・ゴーゴー)」(ワム!、1984)
2 「スリラー」(マイケル・ジャクソン、1983)
1 「テイク・オン・ミー」(アハ 1985)
ウォッチモジョが選んだ「80年代らしい楽曲」第1位↓
全然違う!
と思った、80年代に青春を送った「普通の洋楽ファン」のオレが、自分の「80年代らしい楽曲ベスト10」を、以下に選び直しました。
あなたは、どっちが「正しい」と思いますか?
オレが選んだ「史上最も80年代らしい楽曲」トップ10
10位「フィジカル」(オリビア・ニュートンジョン、1981)
9位「ストゥール・ピジョン」(キッド・クレオール&ココナッツ、1982)
8位 「アンダーカバー・オブ・ザ・ナイト」(ローリング・ストーンズ、1983)
7位「ウォー・ソング」(カルチャー・クラブ、1984)
6位「恋におぼれて(アディクテッド・トゥ・ラブ)」(ロバート・パーマー、1985)
5位「パス・ザ・ダッチー」(ミュージカル・ユース、1982)
4位「パーフェクト」(フェアグラウンド・アトラクション、1988)
3位「ワンス・イン・ア・ライフタイム」(トーキング・ヘッズ、1980)
2位「ルール・ザ・ワールド(エブリバディ・ウォンツ・トゥ・ルール・ザ・ワールド)」(ティアーズ・フォー・フィアーズ、1985)
1位「ユー・スピン・ミー・ラウンド」(デッド・オア・アライブ、1985)
まあ、もちろん、ウォッチモジョのベスト10の趣旨も、わからないではありません。
80年代は、マイケル・ジャクソンやクイーン、マドンナやプリンスの時代で、なんというか、「磨かれたエンターテイメント」が、MTVなどを通じて流通した時代でした。
そういう側面を重視すれば、ネットで再び注目されてるリック・アストリーとかが「80年代代表」とされてもいいし、アハの「テイク・オン・ミー」は、それにくわえて80年代的な電子サウンドと浮遊感があって、1位になっておかしくないと思います。(マイケル・ジャクソンを1位にすると当たり前すぎて面白くないと思ったのでしょう)
でも、オレは、そういうピカピカしたものより、もっとその、ヘンタイ的で、手づくり感のある音楽を、80年代音楽として重視したいんですね。
それと、ウォッチモジョは「スターシップ」を入れたり、やっぱりアメリカ的だけど、オレのはもっとUK的かもしれない。
それでも、デヴィッド・ボウイやクイーンは、入れませんでした。80年代の枠をはみ出す人たちだし。フィル・コリンズとかも。
B-52sの記事で触れましたが、80年ごろのクラブは階層構造になっているものがあり、上階で主流のディスコ音楽がかかり、下の階でニューウェーブ系の音楽がかかっていました。
オレのは、明らかに、「上階」ではなく「下階」の選曲だと思います。
それぞれの曲を解説したいところですが、オリビア・ニュートンジョンの最後のNo1ヒットになった「フィジカル」だけ、ちょっと言い訳しとこう。
「フィジカル」は、この頃からエアロビクスとかが流行り出した、という風俗資料的な意味もあるけど、ギターをTOTOのスティーブ・ルカサーが弾いてるんですね。
80年代は、最近改めて脚光を浴びた「シティ・ポップ」「AOR」の時代でもあり、TOTOも重要な一角でした。でも、それをそのまま入れても面白くないので、「裏シティ・ポップ」的な意味で、「フィジカル」を入れてみました。ビデオも、すごくヘンタイ的だし。
80年代は、世界情勢としては冷戦の最終段階で、レーガンVSゴルバチョフの核戦争一触即発、みたいに考えている人もいた。
もちろん、まだネットも携帯も普及していない時代。パソコンはあって、アーケードでビデオゲームが流行ってたけど、個人使用ではワープロが強かった。オレみたいな記者は、まだ原稿用紙に手書きでした。
ポップ音楽はディスコと電子音楽、ポストパンクのニューウェーブの時代で、LGBTQ文化がより前面に出てくるとともに、ヨーロッパにも有色人種の音楽が溶け込んで、ビートがより強烈になる傾向がありました。
そしてこの80年代は、日本の、史上最も幸福な時代、経済の絶頂期でした。
前半は、「日本すごい!」と世界中から褒められて、嫉妬も買いました。
プラザ合意を経た後半は、いわゆるバブル期で、日本中が浮かれていました。
音楽市場としても世界有数で、海外の一流ミュージシャンが茶の間のCMに出てました。
カラオケなんかではなく、若者はディスコやクラブで、最新音楽を身体に浴びながら踊っていました。
そうした音楽環境から、原宿ホコ天に代表されるライブ文化や、バンドブームが起きて、1989年の「イカ天」で花開きます。
(そういうバンドブームにも、私が「裏トップ10」であげたような楽曲のほうが、影響していると思う。誰もマイケル・ジャクソンの真似をしようとは思わなかったから)
その時代に青春を過ごしたわれわれは、実に幸福な世代でした。
もう日本人が、あんな幸福な目に会うことはありません。
申し訳ないくらい、ザマーミロです。
だから、われわれの世代は、評判悪い。
1989年、バブルの頂点。
当時30歳だった人たちは、毎晩のように飲んで、遊んで、散財してた世代。
その人たちが今、ちょうど年金を受け取り始めてるんよね。
一方で、今の30歳はどうか。
物価は上がる。 手取りは増えない。 将来不安を抱えながら働いて、節約して、投資してる。 同じ30歳なのに、見えてる世界が違いすぎる。
しかも「年金は期待しないでね」みたいな空気だけ、なぜか今の世代に押し付けられる。 好きに使えた世代と、我慢と負担が増える世代。
この歪み、さすがにおかしいと思う。
(つば太郎@家族ファーストFIRE 20267/28 0:00)
1989年、バブルの頂点。
— つば太郎@家族ファーストFIRE🔥 (@natsuki0902dayo) July 28, 2026
当時30歳だった人たちは、毎晩のように飲んで、遊んで、散財してた世代。
その人たちが今、ちょうど年金を受け取り始めてるんよね。
一方で、今の30歳はどうか。
物価は上がる。
手取りは増えない。
将来不安を抱えながら働いて、節約して、投資してる。… pic.twitter.com/w4PUQEkUUd
まあ、そう言われてもねえ。
こっちだって、時代を選んで生まれたわけではないし。
それに、もっと悪いのは、われわれより上の世代、団塊世代とかですから。
われわれは、それなりに社会保険料を払ってきたけど、上の世代は、払った以上にもらっている可能性がある。
<おまけ>
日本を題材にした80年代の洋楽
この時代は、ジャパン・アズ・ナンバーワンで、とにかく日本が注目を浴びてたから、洋楽のヒット曲にも、日本を題材にしたものが多い。
80年代のヒット曲を調べていたら、いろいろ出てきたので、以下に貼っておきます。
「ターニング・ジャパニーズ」(ヴェイパーズ、1980)
*イングランドのバンドのヒット曲。オーストラリアで1位、カナダやイギリスでもトップ10に入った。「ターニング・ジャパニーズ(日本人に変わる)」とは、「失恋で頭がおかしくなった状態」と作者は説明している。「日本人のように目が細くなる=自慰をする(自慰の時は目が細くなるとされる)」という解釈もされたが、作者はそんな差別的意図はない、と言ってるが、おかしくなることを「日本人になる」と言ってる時点で差別だろw いい曲だけどね。村上隆のプロデュースで、キルスティン・ダンストがカバーし、日本で動画が撮られたらしいが、現在全部を見ることはできないようだ
「ジャパニーズ・ボーイ」(アネカ、1981)
*スコットランドのフォーク歌手が歌い、全英1位などヨーロッパでヒットした。「日本の少年に恋をしたが、彼はどこかに行ってしまった」という他愛のない歌詞。彼女の着物姿も人気だったが、聞けばわかるとおり、音楽は日本風というより中国風。この頃まで(あるいは今でも?)多くの欧米人は日本と中国の区別がついていない。その後も数々カバーされた人気曲
「ビッグ・イン・ジャパン」(アルファヴィル、1984)
*西ドイツのテクノ系ポップグループ、アルファヴィルのデビュー曲で、西ドイツやスウェーデンで1位などヨーロッパを中心にヒット、アメリカのダンスチャートでも1位をとった。作者は「日本では大物」という言葉の意味について、以下のように説明している。「あのフレーズにはある意味が込められています。つまり、完全な『負け犬』が他人にこう言い聞かせるわけです。『俺は負け犬じゃない。だって日本では大物なんだから』と。それは負け犬がつく嘘であり、この曲が描くジャンキーたちの物語に、極めて悲劇的な形で完璧に合致していたのです」「日本とは何の関係もありません」。原曲は英語だが、まさに日本でBIGだったアラベスクを脱退したサンドラが、この曲をドイツ語でカバーし(日本は遠い Japan ist weit と歌詞を変えて)、ヨーロッパでデビューしている
「ヤーパン・イスト・ヴァイト(日本は遠い)」(サンドラ、1984)
*ドイツのオルタナ・メタルバンド「グアノ・エイプス」によるカバーも日本以外でよく知られている
「ビッグ・イン・ジャパン」(グアノ・エイプス、2000)
「ミスター・ロボット」(スティクス、1983)
*アメリカのプログレバンド、スティクスのヒット曲。アメリカやカナダで1位をとった。「ドモ・ありがとー」の歌詞で知られる。当時はハイテクといえば日本、ロボットも当然日本製
<参考>
