【蒙求】「孫康映雪、車胤聚螢」~蛍の光、窓の雪・・・
『蒙求』(唐・李瀚撰)は、歴史上の著名な人物の逸話集です。
全596話の中から、同じテーマの逸話を2話1組ずつ抜粋して読みます。
今回は、「孫康映雪、車胤聚螢」です。
「孫康雪に映じ、車胤蛍を聚む」は、どちらも「苦学」をテーマとする逸話です。
孫康映雪
晋の孫康は家が貧しく、灯火のための油が買えなかった。そのため、いつも窓辺の雪明かりを灯火の代わりにして書物を読んでいた。 若い頃から潔癖で節操があった。付き合う相手をしっかり選び、交友に節度を持っていた。後に、御史大夫(官吏の監察を担う高官)にまで登りつめた。
車胤聚螢
晋の車胤、字は武子、勤勉で幅広く書物を読み、あらゆる事に通じていた。家は貧しく、しばしば灯火の油を切らしていた。夏には薄い絹の袋に数十匹の蛍を入れ、その光で書物を照らし、夜も昼に継いで学問に励んだ。桓温が荊州に在任中、車胤を召し出し、その才能と学識を認めて重用した。しだいに昇進して、ついに朝廷でも頭角を現すようになった。車胤は宴席を盛り上げるのもうまかった。盛大な宴会があっても車胤がいないと、皆が「武子がいないと楽しくない」と言うほどであった。官は吏部尚書(官吏の任命を司る高官)にまで至った。
孫康と車胤、二人とも若い頃に貧しく、苦労しながら学問を修め、その甲斐あってついに高位高官に昇ったという人物です。
二人はだいぶタイプが違うようで、孫康は孤高で近寄りがたい堅物、一方、車胤は機知に富んで皆に好かれる社交家というイメージです。
孫康の「雪」と車胤の「蛍」の話が組み合わさって、苦労して勉学に励むことを「蛍雪の功」と言うようになりました。
卒業式の唱歌「仰げば尊し」に「蛍の光、窓の雪・・・」とある歌詞は、この2つの逸話に由来しています。
