小説|夏の終わりに|第8話|三人をつなぐもの
第8話 三人をつなぐもの
予想もしていなかった母さんの言葉に、たまらず私はノートを胸に抱え、声を押し殺して泣いた。 隣の部屋には、おばあちゃんとなつがいる。こんなところで泣いているのを見たら心配するだろう。
「ありがとう、母さん……」
ノートに顔を寄せると、再び涙が溢れてきた。
母さんにとっての私は、そこまでの存在だった。 そう思ったら、胸の奥が熱くなった。
私は、母さんに何かしてあげられただろうか。
ただ甘えてばかりだった。 何も返してあげられなかった。 胸が苦しくなる。
私も……母さんのように生きたい。
悩みながらでも、あんなふうに誰かのために生きたい。
母さんと比べて、今の私はどうだ。 自分の幸せのために、なつを手放せなかっただけではないのか。
母さんならどうするだろう。 きっと泣きながらでも、なつをあの世に帰そうとするだろう。
前世の私はとっくにあの世に帰ってしまって、また生まれ変わってここにいる。 それまで、なつは一体どれだけの時を一人で過ごしてきたのだろう。 何十年。いや、百年以上。 ずっとここで私を待っていた。
なつのことを思うなら……。
ふと庭のヒマワリが目の端に映った。 風に吹かれて揺れている。
私は涙を拭って庭に出ると、外の空気を胸いっぱいに吸った。
大輪の花を咲かせたヒマワリの前に立つと、気持ちが和んだ。
「きれい」
声がして横を見ると、なつがいた。 背の高いヒマワリを見上げている。 おばあちゃんもやってきた。
私はゆっくりと二人と向き合った。 おばあちゃんと視線を合わせ、なつと視線を合わせる。
「なつ」
私はしゃがみ込むと、なつの目線の高さに合わせた。
「私が……前世の私が、あなたをここに引き留めてしまった……」
なつは、じっと私を見ている。
「それなのに私、あなたがずっとここで待っていたことも知らずに、今までのほほんと生きてきた……。ごめんね、なつ」
なつは大きく首を横に振った。
「本当はね、なつとずっと一緒にいたい。でもね、あなたのことを考えたら……やっぱり、ここにいちゃいけないって思うの」
おばあちゃんは、じっと私を見ている。
「なつには帰るべき場所がある。そして私のように、また次の人生がある」
私は、なつの目から少しだけ視線を外した。
「なつをここに留めてしまった私が、そんなこと言えた義理じゃないかもしれないけど……いや、だからこそ……かな」
再び、なつの目を見た。
「前に進もう、なつ」
なつの両目がみるみるうちに潤んでいった。
「かか様……。あのね、なつがね、死んじゃったときにね、かか様ずっと泣いてたの。ここにいるよって言っても、かか様、ずっとなつを呼んで、泣いてたの」
潤んだ瞳のままで私を見た。
「……だから、ずっとかか様のそばにいたの。でも……」
なつは下を向いて両手を結んだ。
「かか様いなくなって、ひとりになっちゃった……」
顔を上げるとおばあちゃんを見た。
「なつのこと見える子もいたよ。たまちゃんみたいに」
おばあちゃんは、昔を思い出すように目を細めた。
「でも、みんな大きくなってったの」
私はたまらず、なつを抱きしめようとして、寸前で止まる。 触れられなかったことを思い出した。 改めてなつの目を見た。
「なつ、ごめんね。私のせいで、こんなに長いこと……」
なつは首を横に振った。
「違うの。かか様、来てくれて嬉しかったの。また会えたの」
一生懸命、私のことをかばおうとする。
「でも、もう、かか様、前みたいに悲しんでない。なつが帰ってもいいって」
私は言葉を飲み込んだ。
「だから、かか様。なつ、あの世に帰るよ」
すると、なつの瞳から、大粒の涙がほろほろとこぼれた。
「かか様、ありがと。大好きだよ」
「ありがとう、なつ。私もなつが大好きよ」
言いながら、こぼれ出る涙を手でぬぐった。
「ほんのちょっとの間だったけど、私、なつに会えて、一緒にいられて、本当に幸せだったわ」
すると、おばあちゃんが私の隣に来て、膝をついた。
「なっちゃん、とうとうこの時が来たんだね」
おばあちゃんは、ヒマワリを見上げた。
「私がね、ここにヒマワリを植えたのは、なっちゃんがヒマワリを好きだったからなのよ。何か思い出があるのかなって思ってたんだけど、一度聞いてみたかったの。どうしてなっちゃんはヒマワリが好きなの?」
「なつはね、ヒマワリが好きなのはね、かか様が好きだったから」
それを聞いて思い出した。 以前、なつと体が重なってしまった時に、昔の光景が見えた。おそらく私の過去世の記憶がフラッシュバックしたんだと思う。 その時の前世の私は、ヒマワリが好きだと、なつに言っていた。
そのことをおばあちゃんに話すと、おばあちゃんは、目を丸くした。
「不思議ねぇ。前世のめぐみから、なっちゃんへ、そして私へとヒマワリ好きが影響してる。しかも今、それを今世のめぐみと三人で見てる」
なんだか可笑しくなって、三人で笑った。
おばあちゃんは、なつを優しい目で見つめた。
「なっちゃん、私ね、あなたが姿を見せなくなってからも、ずっと心のどこかで、なっちゃんのことを思ってた。大きくなってもね」
ヒマワリを見上げた。
「私がここから離れなかったのも、そのせいかもしれない。でも、もう大丈夫そうね」
おばあちゃんは、私の肩に手を置いて、庭の外を指差した。
「めぐみ、あっちの丘の上に神社があるでしょう。なっちゃんと行くといいわ」
「丘? ああ、あったね、そういえば小さな神社が。でも、どうして?」
「あそこには、光の柱が立ってるのよ。そこからなら、あの世に帰ることができるって言われてるの」
「ひかりのはしら、なつ、しってる」
私とおばあちゃんは、同時に振り返った。
