ひょろひょろとした蔦(坂本 仲井戸 梅津 坂田 多和田 黒田
坂本弘道、関島岳郎、中尾勘二、大熊ワタルなどの名を見かけ、記憶のなかに、ひょろひょろとした蔦が一本あることに気がつく。
坂本弘道(チェロ奏者)をはじめて知ったのは新宿の書店「模索舎」でCDを購入したときだった。橋本一子っぽいヴォイスでパフォーマンスをする演劇公演の音楽CDで、写真と共にクレジットされていたかと。
RCのギタリスト仲井戸 麗市が日本フォークロックの金字塔的アルバムを2枚、レコーディングした。早川岳晴、梅津和時らが参加。
少しのちに、RCサクセションや山下洋輔がらみで梅津和時や坂田明などを知る。
ソウルフラワーユニオン(梅津和時が参加。前身であるバンドのレコーディングに菊池成孔が参加)や大工哲弘などでチンドン演奏をする関島岳郎、中尾勘二、大熊ワタルなどを知るようになる。菊池は、林栄一と共に山下洋輔のフロントをつとめるようになる。
斎藤晴彦・高橋悠治「冬の旅」地方公演のビラ配りをオアシスがしていた頃も、坂本弘道は劇伴などを続けていたはずだ。
坂田明のバックをバカボン鈴木と後につとめることになる黒田京子は、ベルリン在住の高瀬アキ(p)に師事した。高瀬はのちに小説家の多和田葉子とコラボレーションするようになる。(多和田の親しみやすい本として「雪の練習生」読みやすい)バカボンは日本屈指のベーシストである。
黒田(p)は1980年代中頃、劇団「時々自動」やブレヒトの会に関わる女優などが参加したワークショップ「オルト」を主宰。
ブレヒト・ソングやカーラ・ブレイの曲などを演奏。そこには村田陽一(菅野よう子の学友バンド仲間)、大友良英等が参加していた。
巻上公一、ヤヒロトモヒロ、小室等、おおたか静流等とも共演。ジョン・ゾーン作曲・指揮の「コブラ」に黒田は参加。
この記述をめぐる時間は、ごく最近へと。
仲井戸麗市のコンサートに作家の津原泰水が足繁く訪れ、交友があったことを知る。
坂本弘道(チェロ)がプロデューサーとして関わる「ジャズアート せんがわ」 が2024年、開催されていた。
https://jazzartsengawa.org/
