【√と彼らの記憶遊戯】第一章_3話(3/4)「ボクの回想①」
暖野廉李_______ボクの好物まで見抜いた。
「面白い人だったなぁ」とボクは呟いた。
彼が去った後の教室で、ボクはついこの間の出来事を思い出す。
____それは、ボクが目覚めた後。その続きの話だ。
*****
そして壁づたいに部屋を出ると、長い廊下の先に灯りのあるドアが見えた。
その灯りを目指して行くと、かすかに声が聞こえてくる。
__扉の前に着いた。
ボクは恐る恐るドアノブに手をかける。音を立てないようにそっと開けて覗くと、中は広くリビングの様だった。
そして音のする方、ソファーには女性が1人座っていて、音の正体はテレビと分かる。
(あの人ってたぶん母親、だよなあ。さて、どう声を掛けたものか。)
(もっとも、ボク的には初対面なんだけど…………。)
「おはよ……う――――」
取りあえず、これが無難だろうと言ってみる。声は精一杯出したつもりだったが、思いのほか小さく、聞こえただろうか。
(これが僕の声か。女の体なのに、案外中性的な声をしてるな――――。)
そう、自分の声に驚いた次の瞬間、視界は真っ暗になる。ーおまけに呼吸も苦しい。
___と、さっきの女性がボクの小柄な身体を抱きしめているようだった。
「信じてたよおー、ママは楓なら絶対に起きるって!」
(―――いや、誰だよ!!母親だろうけど、こっちからしたら初対面の女性なんだけど!!!?)
「あの……そんなに、強く抱きしめないで……」とボクはたまらず声をあげると。
「あ、ごめんね!」と母親はあっさりと腕を開放する。と身体は少しふらつき、ボクは近くの食卓テーブルに手をついた。
(__この娘の名前は楓、というのか。)
それにしても若いお母さんだ。髪は栗色でお団子ヘアに束ねている。顔立ちは整っており、目は糸目がちなのが印象的で、そこから受ける上品さはさっき鏡で見たこの子の顔とはあまり似つかなかった。
(つまり、父親似ってこと?…まぁ…そんなこと今はいい。)
しばらく目の前で涙ぐんでいた母親は、
「もう、こんなに嬉しい日に泣いてちゃダメよね…!座って待っててね!」
と、ボクを食卓の木製の椅子に座らせると、いそいそとキッチンに向かった。
__ボクはふと疑問に思う。
(中身が違うってことには気づかれてないのか?)
キッチンに向かった母親を見るが、今は冷蔵庫を漁っていて、何やら作り始めるようだった。
(後でそれとなく探りを入れてみよう)
暇を持て余したボクは、椅子に腰掛けたまま、辺りを観察してみることにした。
テレビの上には、2階に繋がる吹き抜けの階段がある。上にも部屋があって、少なくとも平屋ではないのか。
それにしても_____さっきの廊下、車椅子三台分は通れそうなほどめっちゃ広かったし、やたら長かった。
途中、使われてないような部屋も何個かあったっけ。__どんな豪邸だよ。
部屋はよく片付いていて、観葉植物も枯れずに手入れが行き届いているのが分かる。それは、いいんだけど_____。
(もっとフォトフレームが飾ってあるとか、衣服が散らかってるとか、あっても良くないか?!ボクは少しでもこの体の持ち主の情報が知りたいのに!)
さっきの部屋だって引き出しも本棚にも手掛かりになりそうなものは何もなかった。楓が元々使っていた部屋にしては生活感がなく、あの部屋の置物はまるですべて飾りのようだったのだ。
やはり母親に聞いたら何か教えてくれるだろうか?__と再びキッチンを見るが、コンロの方はちょうど死角で姿が見えない。キッチンからは鼻歌まじりに何やらぐつぐつと煮込むような音が聞こえてきて、彼女は料理に夢中なようだった。
他に何かないかと、視線を巡らせる__と、灯台下暗し。テーブルの片隅に卓上カレンダーを見つけた。ボクはそれをまじまじと眺める。
”2072年4月 ”
__すると、見た瞬間ザワザワと胸騒ぎがしてくる。
まるで何か気後れするような、罪悪感が襲ってくる。しかし、この感情はボクのものでは無かった。
(君はどうして焦ってるの?)
体に問うても答えは返ってこない。ボクばたまらず、
「……ねえ!このカレンダーって今年の、それも今月のだよね?!」とキッチンに向かって急いて声を掛けた。
「そうよ。それがどうかした?」と、母親はキッチンから顔を出して不思議そうに答える。
(たしかに、整理整頓の行き届いた部屋の感じからして、カレンダーが替えられてないことはありえない。)
そう一度納得させてみるが、さらに見るとこのカレンダー。
4月1日の所には、赤で入学式と印がしてあるのだった_____。
それに気づいたボクは、
「ねえ、今日は何日!?」と今度は椅子から半ば立ち上がり、身を乗り出して尋ねた。
__お願い、早く教えて!__そう体が叫ぶようだった。
母親はやっと料理が出来上がったようでガスコンロを切ると、
「今日?4月2日よ」と、鍋つかみを取って焦るボクをまじまじと見ながら答えた。
「それなら、入学式は昨日_____」
そう一度結論付くと、急に心臓がどくどくと鳴り、冷や汗が吹き出してくる。
(何なのさっきから!ボクのものじゃない感情で、__この体は焦ってる?)
「ねえ、……わたし……、は寝てたよね?それっていつから??昨日入学式の予定だったの????」そう一息に尋ねると、身体中の血液がさっと頭に上り、熱が上がるのを感じた。吸っても吸っても苦しい__。まるで呼吸の仕方を忘れたようだ。
「……大変っ!」
母親はそんなボクを見ると手にしていた鍋つかみを放ってパタパタと走り、次に瞬きをした時にはーーボクの目の前にかがんで顔色をうかがっていた。
そして2回3回とボクに深呼吸を促すと、おでこに手を当て、手首を掴んで脈を測る。
落ち着くまで、何度も、何度も__。
その様子は、紛れもなく母親であり、また看護師ではないかとボクは感じた。
彼女は、ボクが呼吸が落ち着いたのを確認すると、キッチンから何かを運んできた。「_大丈夫よ。まだ起きたばかりだから混乱しててもおかしくないわ。でも、まずは一口でも食べなさい。」
次に瞼を開けると目の前には湯気の立ち上る卵粥があった。息を吸い込むと出汁の香りが食欲をそそり、ボクは空腹であることを実感したのだった______。
*****
「__なにこれ染みるぅ!」
一口食べて驚いた。
(何だこれ、体が求めてたこの感じ。薬味はいっさいなくシンプルなのにこの味!)
向かいに座った母親は、その様子をホッと眺めているようだった。
そして母親はふいに口を開く。
「___ふふっ、あなたは新人さんでしょう?」
それを聞いたボクは思わず匙を運ぶ手を止めた____。
「楓は主語とか言わずに喋り出す子だし、キミはさっきわたしって言ったときにも違和感ありそうだった」と、母親は続ける。
(さっき__。なるほど、言い直すようなニュアンスも誤魔化したつもりだったけど、バレてたわけか。)
「性別は男の子ね。主語は自然なものでいいんじゃないかな?見た目もね。」と母親は首を傾げる。
とりあえずボクが楓じゃないことに気づかれていたのは母親だからということで説明がつく。それでも__。
「ボク、が新人?」
突然そう言われても理解が追いつかない。
ボクはスプーンで小鍋の粥をくるくるとかき混ぜていた。
母親はそんな僕を見てほほ笑み、ボクの頭にポンと頭に手を置く。
そして、ゆっくりとこれまでの事を話し始めた。
「あのね、あなたは__________。」
_つづく
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